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バッカスの肴をつまみ食いできる世界

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伝えたいことはたくさんあるが、どう伝えればいいのかわからない。
例えば今私は、ふらっと立ち入った酒場でビールを飲んでいる。
きめの細かい泡がカップからこぼれてテーブルを汚している。テーブルの泡のシミを眺めながら、陽気に笑い合っている客たちの会話を隣で盗み聞きしている。

当然一人で店に入ったわけだが、陰気な自分にはこの店の人間も近づいてこないのだろう。そもそもここは他人の世界だ。自分はこの国では、他人だ。
陰気に飲もうが一人で飲もうが、それが私の飲み方なんだ。そういうことにしてちびりちびりと酒をのんでいる。

今日はよく歩いた。
先日もよく歩いた。すこし道の悪い場所を無理して一気に歩いたので、何日も経っているのに足の筋肉が痛い。
それにしてもよく歩いたなと未だにあの時の道を思い出す。思い出しながら、今飲んでいるビールはなんなのだろうかとカップを覗いた。
特にこの国ではなんて事のない普通のビールらしい。
周りの人らも柄は違うが、酔って視界がぼんやりしている自分には全部同じ飲み物に見える。

焦がした麦の苦味。発酵させた時に出てくる鼻の奥に広がる甘い香り。わずかに酸味もある。
これほどビール一杯を不味そうに飲む客はそうそういないだろうなと思った。
しけた酒だ。
だが、それがいいんだ。この世界では、この酒場のこのビールが一番うまい。


どこから話そうか。
どこからでもいい?
そうだな、この話には始まりもなければ、しばらく終わりも見えてこない。
もう一杯行こうか。そうすればきっと、次の話も見えてくるだろう。
しけた酒に乾杯。
この世界に、生きていることに乾杯だ。
酒を飲み干せ。そうして今日あったことも全部飲み干し、寝て起きれば朝が来る。

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