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雪の世界

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浮世の恨みも憎しみも、過去に置いてきた記憶も思い出もあの時の思いも、ぼんやりと朧げながらに記憶にこびりついたあの日の夜の風の音も、全部をアルコールのカップに注ぎ入れて、混ぜて溶かして、揺れる世界に身をもたげて。


ふと懐かしく思い出す、あの頃の吹雪の思い出。
誰もいないことに憎しみを抱き見えぬ未来に希望を持って歩いていたが、たどり着いたのはこの牢獄かと、いつか私は月を見ながらぼんやりと思っていた。それらの記憶もアルコールに溶けて、いつしか自我は、かつてあの頃降り注いでいた粉雪のように、積もり積もって、崩れて、形をなして、白く染まって、世界を混沌とした白色に染め上げて。

私はまた帰ってきてしまったのかなと。

足跡も残っていない雪道を歩き、気づけばここはとても狭い世界だった。


いつか自分はこの世界を出ていくんだと息巻いていた自分。

それもまた夢の中に見た雪の幻。

だったのかも、しれない。
アルコール度数は9%。この程度で潰れていてはロシア人に笑われる。
はははと笑ってみせるも、笑ってくれるのは雪の中の朧な自分自身。
酒でしか救われない? そんな馬鹿げた舞台があるものか。自分はずーっと、ずっとまっすぐ歩いてきたつもりだったんだ。
なのに何故だろう。私はまた戻ってきているのだ。
ただあの頃と違うのは、たしかに確実に、この雪の世界は小さくなってきていること。
雪が溶けて春が近づいているのか。
それともすべては水に溶け、この世界もろともどこかへと溶けていってしまうのか。

最後までは言うまい。
どこかで吟遊詩人が、終わりの時間は自分自身の命と言って歌っていた気がする。
いつ終わるのだろう。
いつ、終わってしまうのだろう。

自分の世界がずっと、雪で埋もれて見えなければいいのに。
あるいは雪が溶けても。

もし、なにもそこになかったら?
そう思うだけで酒が進む。
酒だけが進む。

いちおう酒を飲みながら小さく地図は書いてみた。
いつものありあわせの地図。
北も南も曖昧で、目元はぼやけて前も見えない。
この地図が、いったいなんの役に立つのだろう。

この雪の世界が永遠に続けばいいのに。

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