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核の鼓動が聞こえる国



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人里から専用列車で30分ほど走った場所には、誰にも知られていない無機生物科学研究所がある。
公式記録には一切残っていないし、この研究所がここにあるということ自体を知っているのは、もしかしたらこの研究所に出入りしている職員だけかもしれない。

業者がこの研究所に出入りしても、ただの不気味な倉庫か何かのように見えただろう。実際そのようではあったし、ゲートを通り抜けないとこの研究所で何が作られているかを見ることはできない。
さらにその上、この研究所は長らく放置されていた。研究所の所長が自殺してから、計画が頓挫しすべての実験棟は現地資材とともに永久凍結された。

計画は凍結されたが研究棟だけは残すということで、定期的にこの施設にやってきては設備保全のために最小限の実験器具の起動と停止を細々と繰り返す。
当時の副所長だった私に今課されているのは、自殺した所長が残した大量の研究機材と研究プログラムを現状のまま保存すること。

所長の自殺後に遺棄された機材たちはまだ生きていて、そのなかでも特に目を引くのは、無機物構成品のみで作られた有機生命体を模した実験体だった。
これは元副所長として見ても、生きている生き物のように見えた。しかし委員会はこの実験体では満足せず、さらなる改良を所長に要求した。
所長は要求に応えようとしたが、応え切れずに研究はそこで止まる。
ある日を境に、委員会は無機生物研究プログラムを永久凍結した。

その日の夜、所長は自殺した。
机の上には、自分の子供たちに謝罪する旨の遺書が残されていた。
所長は独身で家族はいない。当然研究所内で作られた無機生物たちに向けた遺書だろうと誰もが思って、誰も何も言わなかった。

ひとり去り、ふたり去り、かつて多くの人々がいたこの研究所にはもう私しかいない。

機材の起動確認をすると、彼らは一瞬だけまぶたを痙攣させる。
まるで夢を見ているときの赤子のような、そんな印象を受ける。
彼らはどんな夢を見ているのだろうか。
自由に空を羽ばたいて、好きなときに、好きな場所へ行く夢を見ているのだろうか。
現実はこの研究所から一歩も外に出られない、ネジで止められた機械仕掛けの半人形なのに。

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