• に登録
  • SF
  • エッセイ・ノンフィクション

黄昏のセカイの物見の塔

11/29

 誰もいない丘の上にある、小さな物見台を見にきた。

 ここは昔、小さな港町だった。
 港町は商業都市として南から北へ、北から南へ行く海洋交易船の中継基地でもあった。
 当然外洋とも繋がっていて、諸外国からやってくる珍しい品々や、金、貴重品、香、陶器磁気、このセカイでは扱っていない品々などが外から入ってきたり、または逆にムコウガワの世界にはない我が国の貴重品を輸出したりしている。
 そこには物と一緒に商人や問屋、倉庫屋、回船屋、物を運ぶ荷運び人足、それから少数だが観光客も来ていた。
 人々の多くは内地の人間だったが、まれにムコウガワの世界の人間もやって来ていた。

 彼らが来るのは船だ。
 この港町には川が流れていて、海に向かって上流から砂を流し続けている。
 キラキラと輝く砂は山となり、ムコウガワからやってくる世界の人々の船を妨げる。
 その砂丘は日々少しずつ動いていて、物見の塔の住人はいつも砂山を見下ろしていた。

 物見の人はなんでも見渡せた。
 目に見えるものはなんだって自分のものになった。
 とうぜんこの世界は、高台から何でも見えるのだから全部自分のものだ。けどムコウガワの世界の物は違う。
 ムコウガワから小さな船がやってくると、物見の人は一生懸命単眼鏡を覗き込んだ。
 見えないものがそこにあるのを見つけると、両手を叩いて喜んだ。
 また一艘船がやってくる。
 また一艘、船が入ってくる。
 彼は喜んで交易船から下ろされる荷物を見て数えたが、ふと不安になった。

 高台からはなんでも見える。
 けどそれは、自分が見たいと思ったものだけだ。
 自分の世界は、なんてちっぽけなんだろう。
 この海の向こう側には、自分が知らないものがたくさんある。

 男は、自分の知っていることならなんだって知っていた。
 この単眼鏡はいろんなものを見てきた。
 けどこの単眼鏡は、自分が知っているものしか映さなかった。
 船の荷物はまだまだ来るが。海の向こう側には、この単眼鏡では覗けない物がある。

 男は自分の世界があまりにも小さかったことを知ってしまった。
 その悲しさから、男は物見の塔から降りてどこかへ行ってしまった。


 それからこの港町は、誰もいない町になってしまった。
 観光客は、私のように、物珍しいものを見たくてこの町を訪れるのだ。

 ここは黄昏の町。永遠に始まらない、終わりの始まる港の世界。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する