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ミューズはあらゆる歌を同時に歌う

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閉塞感と無力。挫折と虚無。鼓舞と希望。喜びと混乱、荒々しい感情も猫撫で声も、不安に震えるか細い声も、それらをすべてを裏返して絹の衣で梳いたようなものも、ミューズはあらゆる声色で同時に歌い続ける。
ミューズの歌声には途切れる場所がない。息継ぎをすることもなく歌詞もない。まるで泣いている乙女が啜り泣くような歌声も、怒る雄牛が感情を掻き立てるような歌声も。

聞き手によってはどのようにも聴こえるし、聞き方次第ではミューズの歌は、何か意味があるような気がしてしまう。

気まぐれなミューズはいつも歌い続けているはずなのに、あるときはパタリと歌声が聞こえなくなってしまう。
いつもどこかにいるはずなのに、すぐ近くにいるはずなのにもういない。
海辺に探しに行っても人寂しい無縁墓地に行っても見当たらず、遠くどこまでも続く小山を行っても見当たらない。
疲れて錠剤を飲み、古い懐かしい荒屋に行ってみたら、いた。

それが本当にミューズなのか違うのか。
それは聞いてみなければわからない。
今夜の彼女の歌声は何に聴こえるだろうか。

今日もひっそりと耳を澄ます。
あの日あの時聞いていた、ミューズの歌を聴く。

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