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嵐が晴れることのない、100年前の古戦場のその片隅で



再起を図っている男が一人。一時は帝国軍にその身を捧げ、最期は派手に自爆すると誓った壮年の一兵卒。
男には時間の概念がない。この世界には、時間という概念がない。
100年前に起こった戦争で国は負け、本隊は投降し武装を解除して祖国に帰っていった。
男はそのときに上官に、武器と命令書を託されこの地に残った。
いつかくる、反撃の日を待つためこの地に潜伏しろという命令を。
男は待っていた。その合図がいつかこの空に明るい発光弾となって、雨のやまない空に打ち上げられると信じていた。

潜伏期間は長期化した。覚悟を決めていたので、この地で偽りの私生活を起きることにした。
荒地には町が点在し、そのいくつかを廻って生活物資を手に入れる。
軍服を棄て、軍票を隠して単純労働に明け暮れることもあった。
民間には充分に馴染んだ。ただねぐらだけは、いつもの古戦場にある小さな巣穴と決めていた。

町で小さな成功を収め、少しずつだが町の住人とも打ち解けていった。独りよがりな長い独りの生活感が身に染みていて、どうしても町の生活には馴染めない。

男は長期戦の末に、自分の居場所が、戦場なのか、それとも町なのかがわからなくなっていた。
古戦場にはいつまでも雨が降っている。
今日も合図はない。
100年前の武器は錆びついて、ほとんど役に立たない。

この穴蔵での生活は、いつまで続くのか。

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