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墓の国

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地下洞窟には墓だけが集められた場所がある。
地下全体が墓のように陰気だが、この区画だけは本当に墓だけが並べられている。
ただ、キリスト教のように遺体を地下に安置する地下墓所ではなく、地下空間内に墓石が並べられ、棺が置かれ、その者がどのような人生を歩み、いつ死んだかが記された標がいくつも並べられていた。

墓のどれを見ても、名前がない。
ただ、R.I.P(安らかに眠れ)だの、墓穴とシャベルと石灰と荷車が乱雑に打ち捨てられ穴に何も入っていないものだの、陰気の割には中身がない。
濃い霧が漂っているし、樹木葬に使われた低木樹たちが生い茂っているが、どれも墓としての実態がない。

一際大きな墓穴が、地下墓地の中心部に一つあった。
周りに人影はないが、墓穴の中にはいた。
死体袋を被ったままの、死体という死体が蠢いている。
ボロ切れのようになった袋の中から、目だけをらんらんとさせて外の世界を伺っている。
この穴の中には穴の所有者はいない。

『だから、待っているんだ』
大きな墓穴がささやいた。
それに合わせて小さな墓穴たちも静かにささやく。
『墓の主人』
『墓の主人』
『墓の主人』
「お前には未来がない。お前には今できることしかない。お前には将来がない』
『それは、死んでいるも同じ』
「お前の理不尽な怒りや、不安、願い、思い、理想、明るい人生などは」
『お前には未来がない』
『未来がない』
「未来がない」
『未来がない』
「永遠の苦しみや迷いは」
『いつまでも来ない未来のお前そのもの』
「苦痛を忘れるために没頭するのか」
『それとも楽になりたいだけなのか』
小口の墓穴、大口の墓穴がいっせいにささやく。
「お前はどうするつもりだ」
『もう諦めたらどうだ』
「まだ諦めないつもりか」
『終わらない苦しみを受けるつもりか』

墓所のコーラス。墓所たちのささやき。
それらが、この世界のすべてにこだまする。

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