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歴史的建造物の話

 先日(5月10日)、僕は目黒駅界隈、正確に言えば品川区上大崎二丁目近辺をうろうろと歩いていた。ここらへんは昔、海軍大学校があったと聞く。その前には大名の下屋敷でもあったのであろう、花房山や池田山にも近い高級住宅街であり、長者丸とも呼ばれいかにも金持っぽい響きがある。家からは歩いて目黒川を渡り10分ほどで行けるのだが、江戸時代の地図に「田」と書かれた我が家近辺とは違い、大邸宅や、邸宅とは言えないまでも拘った作りの家が多く、随分と雰囲気が違う。
 そんな場所を僕が徘徊していた理由は、別に認知症の初期症状というわけではない。実は小説の新しい構想の中で、ブラウンストーン、日本語訳で「褐色砂岩」の建物を記述する場面がある。「褐色砂岩」というのは昔からカポーティを読んでいる方には心当たりがあるかも知れないが、「ティファニーで朝食を」の龍口 直太郎氏の日本語訳で出てくるニューヨークの歴史的な建物を描写した言葉である。
 Holly Golightly had been a tenant in the old brownstone; she’d occupied the apartment below mine. (ホリー・ゴライトリーもその古い褐色砂岩の建物の中に部屋を借りていた。彼女は私の部屋のすぐ下に住んでいたのだ:龍口 直太郎氏訳)「ホリー・ゴライトリーは、アメリカ人にとって懐かしいあのピンクがかった茶色の、石造りの建物の前からの住人で、僕が借りることになった階の下に住んでいた」くらいまで補足しないと日本人には理解しづらい文章である。
 つまりBrownstoneという言葉はアメリカ人、取り分けニューヨーカーにとって良き古き昔の建築材を思わせるのに反し、日本語に訳すると「何、それ?」と思わせる単語になる。大理石とか花崗岩なら想像もつきやすいが褐色砂岩とはなんぞや?「ティファニーで朝食を」を龍口氏の翻訳で読んだのは高校の時だと思うので、それから半世紀、その単語は今なお、喉に引っかかる小骨のように記憶に残ってきた。翻訳という作業の難しさと同時に記憶力の不思議さを実感する。
 その「褐色砂岩」の使われた建築物がないかとふと思って建築物の書物を図書館から借りだした。「近代建築散歩」(小学館)というタイトルのその本の中を探しても「褐色砂岩」の建築物は見当たらない。残念ではあったが、東京近郊にもそれなりに古い建築物が残っているというのに興味をそそられ、本に紹介されていた建築物を訪れてみよう、と思い立った。五反田、白金の方面に幾つかあったのでまずそこから探し始めたのだが、実はこの近辺に限らず歴史的建造物は学校であることが多い。五反田近辺だと清泉女子大学・明治学院大学・頌栄女子学院などだが、昔ならともかく最近は大学構内で事件が起こることも多く、一般市民に取っては入り込むのに敷居が高い。その上、明治学院大学を除いて女子校であり、そんなあたりをうろうろとしているのはいかにも怪しい老人男性にしか見えないであろう。結局、明治学院大学の本館だけ写真に収め、その後タイ大使館(旧濱口邸)を訪れただけである。その他に幾つかの私邸が紹介されていて、その一つが土浦亀城邸であった。東京都指定文化財にもなっているとある。ならば、といって出掛けてみたのだ。
 山手線と湘南新宿ラインを見下ろす高台から電車の行き交うのを眺めつつ恵比寿方面に歩いて行く。湘南新宿ラインはここから山手線と別れるのだが、その別れ際に踏切があって、それを長者丸踏切と呼ぶ、都内では珍しい踏切である。ガス管だか水道管だかの工事をやっていてただでさえ狭い道を、身を屈めながら通り抜けるようにしてゆっくりと探した。先にも書いたとおりなかなかの家が並ぶ中、散々迷った挙げ句探し当てた番地は、高台から少し下がった道にあり、その番地に属する家の持ち主の名が看板に書かれている。その中に「土浦」という名前があり、ああ、ここか、と道を下ったが、写真にあるような家が見当たらない。首を傾げたが、その家があるはずの一角の土がむき出しになって重機に削られた後がある。ん?まさか指定文化財が?
 思いついてスマホで検索したら、どうやら解体されたらしい。移築されるという話もあったようだが、移築されたという話は載っていない。第1323回東京都建築審査会同意議案ではポーラ青山ビルの敷地内に移築されることになっているが、果たしてどうなったのか・・・。
 歩き疲れた上に当てが外れ、しょんぼりと帰ったその日の夜、NHKの「クローズアップ現代」を眺めていたら、歴史的建造物の解体事情を扱ったものであった。どうやら文化財扱いになっても解体される建物は最近増えているらしい。まあ、全てを残すという必要もないだろうが、きちんと建てた建築物は遺すべき「文化」だと思う。
 日本は地震大国だし、火事も多いのでなかなか建築物は遺しにくいのだろう。それにしてもロンドンで住んでいた建物はチューダー朝で1700年代に建てられたものを補修して使い続けているものだったし、そうした建築物は少なからず周りにもあった。ドイツもイタリアもあれほど戦禍に見舞われたにも関わらず街には普通に昔の建物がある。法隆寺とか薬師寺とか宇治平等院のような特殊な建物でなくて、寧ろ白川郷の合掌造りのような生活感に満ちた建物の保存が必要な時代ではないか?衣食住の中で最も環境に負荷を掛けるのは「住」だという。実家を受け継いで解体を予定している身としては辛いところだが、そもそも歴史的建造物でもないのでご容赦、と思いながら見続けていると女優の鈴木京香さんが、渋谷区にあるVilla Coucouという建物を買い取って住んでいるという。
 さすが、高級マンションに住んで自慢げなそこらの「ぽっと出」女優やら、見識もないくせに政治家になるアナウンサーやらやさぐれ女優とは役者が違う。知的で洗練された女というのはこういう人のことを言うのであろう。何十億も稼いで使い道も見つけられない成金富豪とかはぜひ見習って貰いたい物である。
 ふふふ、・・・こういう批判が出来るのは有名人でもなければ、お金も大して持ってない貧乏人の特権である。とはいうもののそうした余裕がある方にとっては一考に値する見識ですよ、鈴木京香さんの考え方は。と賞賛した彼女は何やら病気が発覚し暫く静養しなければならないという事らしいけど、ぜひとも回復していただきたいと心から願うものです。

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