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ラベルとドビュッシーの弦楽四重奏曲

以前「My Bests」という随想を書き始めたとき、その最初の章にラサール弦楽四重奏団によるラベルとドビュッシーのカルテット演奏について記した。
その後、二つの関連するCDを入手したのでそれを聴いた感想を追記したいと思う。
最初の一つはジュリアード弦楽四重奏団によるRCAへの録音(1959年)である。ジュリアード弦楽四重奏団はこの曲を数回録音しており、この録音が最初の物らしい。以前、随想を書いたときに唯一心残りであったのは、二つの曲のジュリアード弦楽四重奏団による演奏を聴いていなかった事だった。ラサールのメンバーはジュリアード音楽院の卒業生で、彼らを教えていた側の教授達が結成したジュリアード弦楽四重奏団に師事していたとも聞く。どちらのSQも結成は1946年だからこのジュリアード弦楽四重奏団の録音はラサール弦楽四重奏団が結成された13年の後のもの、だとすれば演奏スタイルに何らかの共通性があったりしてもおかしくはないし、ラベルとドビュッシーにおけるラサール弦楽四重奏団の、あの革新性は彼ら独自のものではなかった可能性も否定しきれない。ラサール弦楽四重奏団の演奏がそういう背景を持っているならば修正・補筆する必要もあるだろう。

 だが、結果として、これはラサールの演奏とは方向性が全く違うものだった。
 弦楽四重奏団は結構演奏の性格に顕著な違いの出るもので、変なたとえであるがベルリンフィルとウィーンフィルの違いより、ブダペストSQとバリリSQの違い、ジュリアードとスメタナの差異は大きい。管弦楽団は保有する法人、或いは指揮者や聴衆の意向に応じて様々な作曲家の演奏を、ある意味強制的にさせられるのに反して「弦楽四重奏団は演奏するジャンルが相対的に狭い」という傾向があることにもよる。楽団を構成する四名は恐らく共通の好みを持って独自に立ち上げるわけであるから、最初から器が存在する交響楽団とは自ずと異なる行動様式を取るのであろう。
もちろんアルバンベルグのようにハイドンからシュニトケまで幅広く演奏・録音する楽団もあり(まるで「弦楽四重奏団のカラヤンのよう」である)一概には言えないが、ラサールなどは極端に狭い方であろう。(ちなみに後述するラサール弦楽四重奏団のザルツブルク音楽祭におけるライブ演奏のCDに添えられたライナーノーツで彼らが最初に音楽祭に出演した時、モーツアルトのチクルスを公演したと聞いてびっくりした。残念ながら、最後のアルバムに入っているK.405を除いてラサールによるモーツアルトの弦楽四重奏曲は聞くチャンスはなさそうだし、K405は必ずしも真にモーツアルトとは言い切れない)ちなみにジュリアード弦楽四重奏団はかなり幅広い作曲家の演奏をする楽団でありそもそも最初の録音はベルクであったらしい。
ジュリアード弦楽四重奏団とラサール弦楽四重奏団は扱う楽器(ジュリアード弦楽四重奏団はストラディバリ、ラサール弦楽四重奏団はアマティ)が異なることもあって演奏のテクスチャーが全く異なる。ジュリアード弦楽四重奏団は寧ろ昔聴いたブダペスト弦楽四重奏団の音や解釈に似ていると感じてその関係性を調べたら、ブダペスト弦楽四重奏団が解散してその楽器がジュリアード弦楽四重奏団に譲渡されたと知ってなるほどと思った。少なくとも音の共通性はあるわけだ。
端的に言えばブダペスト弦楽四重奏団やジュリアード弦楽四重奏団は男の弦、ラサール弦楽四重奏団は女性の弦である。だがラサールの弦は「嫋やかで、優柔不断な」女性のものではない。優しく繊細でありながら筋の通った気丈な弦である。同じ女性を感じさせてもイタリアSQとは全く違う。もちろん、スメタナやターリッヒなどの東欧系統とも質感の異なるものである。
そのラサールがザルツブルク音楽祭で1976年の8月演奏したプログラムをそのまま録音したものがオルフェオから出ており、それが二枚目のCDである。オルフェオはドイツのミュンヘンに本社のあるレーベルで、ドイツにいた頃によく買っていたが、こんなCDが出ているとは知らなかった。シューベルト、ルトスワフスキー、ラベルの弦楽四重奏曲という演目にアンコールとしてベートーベンのop130の終楽章を加えたものである。チェロはジャック カースティンからリー ファイザーに変わった後のものであり、グラモフォンのものと変化があるのではないかと思ったが、音の情景は殆どと言って良いほど共通であった。その上、この録音は非常に臨場感の強く演奏者の息づかいまでが再現されているかのようだ。アンコールの曲はウォルター レビン自身が紹介している。どれも素晴らしい演奏であった。
弦楽四重奏団は人によって好みが相当違う。まあ、それは作曲家の好みによっても大きく左右されるが、僕は全般的にはアルバンベルクSQを評価しているし、東京SQやクリーブランドSQも高く評価している。しかし東欧系となればスメタナSQやターリッヒSQも選択肢に入るし、ボロディンSQ、ブダペストSQも否定しない。モーツアルトに関してはバリリとかウィーンだって悪くはない。でも、ラサールが齎した革新性と美しい音色は格別だと思っている。そしてその中でラベルとドビュッシーの一枚は今もってベストである。そのベストにラベルのライブ録音が加わったのはとても嬉しい。

*ドビュッシー 弦楽四重奏曲 ト短調 作品10
ラベル 弦楽四重奏曲 ヘ長調
 ジュリアード弦楽四重奏団
    RCA SICC 2225
*Schubert Quartettsatz c-Moll D703
Witold Lutoslawski Streichquartett (1964)
Maurice Ravel Streichquartett F-dur
Ludwig van Beethoven Streichquartett B-dur Op.130
LASALLE QUARTET
ORFEO C632 041 B

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