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時代の一面 東郷茂徳

 先だってこの「近況ノート」に古本について書いたばかりであるが、先日銀座近辺を久しぶりに訪れたところ、新橋駅前で古本市をやっていたので何気なく立ち寄った。
 古本市の楽しみは、地層の中に埋もれた化石に似て様々な分野の様々な時代の本が棚という地層に現出していることにある。60を過ぎたおじさん(ないしはお爺さん)が子供の頃にテレビで夢中になったアイドルのグラビアがあったり、出雲地方の地誌があったり、すっかりと忘れていた旺文社の箱入りの文庫本があったりと、時代と分野と地方の集積がごちゃまぜになっている棚を眺めるという、新刊本の本屋と違った楽しみがある。
 ふとみると「海軍反省会」という書物が纏めて33,000円の値札がついている。ちと高い。海軍反省会というのは第二復員省のメンバーが中心になって第二次世界大戦の反省会を行ったというものである。ただこの反省会は1977年に行われた物と聞くのでどれほど正しい記憶に基づいているか分からぬし、将官が参加しているといっても中将レベルなのでどれほどの深さがあるのか分からない。正直言ってわざわざ水交社(海軍のサロンのようなもの)で何の目的でこうした集まりがなされたのかも分からない。だからこそ読んで確かめたいという気持ちがあるが、確かめるのに33000円は高すぎる。今のところ「秋茜集う丘 勇魚哭く海」の続編や同時代の小説を書く予定はないし・・・。ああいう小説を書こうとするといろいろと金がかかって仕方ない(あのときも少なくとも数万かかってしまった)。またお会いする機会もあるだろうと、さよならをして他の書棚を当たった。
 すると東郷茂徳記念会というところが編纂した「外相東郷茂徳」という原書房から出版された本が売っていた。序文を書いているのが西春彦氏で、記憶をたどればその昔岩波新書で氏の記した著書を読んだことがある、元外務次官である。氏は東郷茂徳記念会の会長もしていたらしい。値段を見るとこれは1,980円と手頃な値段で、思わず買ってしまった。構成は東郷茂徳自身が巣鴨プリズンで書いた「時代の一面」という書物と萩原延壽(はぎはらのぶとし)という人物が著した「東郷茂徳 伝記と解説」の二冊組である。実は「時代の一面」は以前別の古本屋で2,000円払って買った事があり、二冊組みなのに20円安くなっている。まあ、それも愛嬌という物で、萩原延壽という人の伝記の方も読んでみよう。寡聞にして知らなかったがこの萩原という人物は「遠い崖」というアーネストサトウ<イギリスの外交官で駐日公使>の伝記を著わした人物らしい。
 新橋駅で山手線に乗り、座席で本を開いてみると新しいままのパラフィン紙に二冊とも包まれている。栞紐は本のちょうど真ん中に使った後もないまま挟まれていて、どうも前の所有者は殆ど1ページも読まずにこの本を手放したと思われる。1985年と言えば今から37年前、前年の12月から始まったバブルが加速していた時代であり、戦中戦後のことなど振り返るような機運ではなかったのであろう。しかし、そうした時代においても、今の世の中のようにいつ戦争が起こってもおかしくない時代においても、「時代の一面」は読まれるべき本であるのだが・・・読まれるべき本は読まれないというのはあいも変わらずの話である。戦争について書かれた本にも色々あって、きちんとしたものもあれば言い訳ばかり綴ってある物もあり、いろいろである。是非確かめて見ると書いた人間の骨相という物が見えてくる物だ。

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