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生まれ変わったら一緒になろうね

 というタイトルは、結婚していようといまいと誰もが心のどこかに「そんな人」がいるのではないか、と思いながらつけたものである。もちろんその相手が現在の配偶者であることもあるだろう。その場合は「生まれ変わっても一緒になろうね」だが。
 実際、世の中には仲が良くて、世間にもそれを公言し、そのうえ本当に「仲がいい」という夫婦が存在することを私は知っている。しかし、誰でも初恋があり、いくつかの恋愛があり、その中で「もしチャンスがあったなら一緒になりたかった」と思う恋が存在しているように思うし、それはそれでいいじゃないか、と思う。今の時代、大人たちの中では複数の恋の経験がある人が殆どだろう。そして思い返せば、そのいくつかの恋の中で「実は本当に一緒に暮らしたかったのはあいつだったんじゃないかなぁ」と人生の最後あたりで結論がでる、ということもあるのではないか?
 実際、私にもそんな人がいる。外国に住んでいた時に出会ったその人は、最初見た瞬間から「素敵な人だなぁ」と心奪われた。くりくりと良く動く眼、桜色の唇、ショートボブの髪、すべてが魅力的だった。そのどれにも手を触れたくて、そうできなかった昔のことを思い出す。私はそののち日本に帰り、彼女は別の国へと旅立った。そして再び私は外国へ赴任となり、なかなか会うことができなかったが、やがて日本に戻った彼女と出張の折に食事をしたり、五年の赴任を終えて私が日本に戻ってからも互いに忙しい中で、共通の友人と一緒に、あるいは二人で食事をしたりと、最初の出会いからもう35年近く付き合いを続けている。それは私の一方的な思いであろうけど、35年の間、好きだと思わせてくれ続けている人には感謝の念しかない。
 その彼女に先日、久しぶりに会った。コロナのせいで二年近く会うこともなかったが、コロナの蔓延が一息ついた頃だったので彼女の誕生日祝いのために恵比寿のフレンチレストランに予約し、待ち合わせは喫茶店にした。その喫茶店で時間通り待っていた私は現れた彼女をみてぶったまげた。
 実家帰りなのでキャリーバッグをひいてくるとは聞いていたが、現れた彼女は髪が半分白く、その彼女がキャリーバッグーをひいて小走りにやってくる姿はまるでジブリのアニメの魔法使いみたいで・・・思わず「カッケー」と心の中で叫んでしまった。女性が髪を染める、染めないに関してはいろいろと意見はあるだろうけど、自然な髪の儘まるで高校生みたいな感じでこっちに向かって突進してくる姿は私にとっては、映画になってから35年後の「キキ(魔女の宅急便の主人公)」みたいに謎めいて、そして魅力的に思えた。桜色の唇は年相応の落ち着いた色に、ブラウンに染めていたショートボブの髪は半分白に変わっていたが、よく動くくりくりとした瞳は昔のまんまだった。彼女のその髪も唇も手に触れたいという気持ちはそのまま変わらなかったのが嬉しかった。そう、キキだって年を取るはずだ。でもキキはいつまでも魅力的で可愛いに違いない。
 昔は職場や民族の愚痴だったが、今は年取った父親の愚痴を半分、楽しそうに半分怒りながら食事の合間に話す彼女を見ているのは楽しく、時はあっという間に過ぎていった。
 私は彼女に感謝のしるしとして小さなガーベラの花束を、彼女は(たぶん早めの義理(とは思いたくないが、たぶん))チョコの代わりのお菓子を交換し、彼女の乗る地下鉄の入り口まで彼女を送っていった。
 くりっとした目を向けて
「あれ、君はJRじゃなかったけ」
 彼女は去り際に私に向かって言い、
「そうだよ」
 私は答えた。
 恵比寿で食事をするたびに繰り返されるやりとりだ。昔なら送り狼みたいなこともする元気もあったかもしれないが、今はそんなことは思いもよらない。それに・・・昔から私はずっとcourtesyのためにあなたをここまで来てお見送りしているのですよ。内心そう思いながら、私は彼女が階段を下りていくのを眺め、それから背を向ける。
 こんど生まれ変わったら、彼女がいっしょになってくれたらいいな、なんて思いながら。
 そして・・・彼女からガーベラを差した花瓶の写真が送られてきた。世の中には今やインターネットという魔法がある。キキ、ありがとう、となんだか嬉しくなって呟く。ビールのグラスに挿してあるガーベラが魔法の向こう側で機嫌よさそうに咲いているのを見て私は魔法の鏡をそっと閉じた。彼女もいつか生まれ変わったらいっしょになろうね、って思ってくれることを願いながら。

 まあ、これがこの小説を書いた本人の実態なんです。残念ながら小説ほどドラマティックではない。つまりは触れることさえ叶わない想い。だが、小説の方は互いに惹かれあった男女がいったい、どんな最後を迎えるのか。書いている方も楽しみです。

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