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のせいで、とは?

 ネットに、興味深い記事が載っていた。
 とあるテレビ番組で、ゲストが「xxのせいで」という言い回しをしたところ、その使い方に批判が集まったというものだ。
 文脈は詳しくはわからないが、「コロナウィルスのワクチンのせいで」という表現をしたら、「ワクチンのおかげで」というべきだ、というような批判が出たというものであった。その上「マスコミはワクチンによって、感染者が減るので社会不安を煽ることができなくなり、残念な気持ちがあるのでこういう表現になったのだろう」という憶測まで出たと記事にはあった。

 「のせいで」とは元来「の所為(しょい)で」の音が転換してできた言葉である。所為とは「行為」とほぼ同義である。「君の所為で」、といえば、「あなたが行った行為が(原因となって)」という意味で、その語に否定的な意味はない。「あなたの所為で大変、助かった」も「あなたの所為で困ったことになった」も成立する中立的な語であることは字面でも明確である。
 一方で「おかげで」という語は明確に含意があり、「誰かの御蔭(おかげ)」というのは「保護者からの庇護」を意味する。古今和歌集の1095に「筑波嶺のこのもかのもに蔭はあれど君がみかげ(御蔭)にますかげはなし」という歌がある。この歌の解釈はいくつかあるが、基本的に、「色々な庇護が考えられるが、あなたの庇護にまさるものはない」と解釈するのが妥当で、中世までにおいて蔭の一番大きいものは「大君」すなわち天皇である。
 さて、以上からすると、「ワクチンのおかげで」というのと、「ワクチンの所為で」という比較においては、「ワクチンの効能を原因として」という「所為」のほうがワクチンを擬人化して、「ワクチンという庇護者の庇護によって」というより正しいように思える。

 これは、英語においても同様の事態が存在する。英語には、Owing to~, Thanks to~, Due to, Because of~などの表現が存在するが、高校時代にOwing to~は後ろにネガティブな事柄がある場合にしか使わない、と習った記憶がある。Owing to the heavy rain, the game was postponed. (大雨のせいで、試合は順延になった)のような用法である。しかし、owe toは所為と同様に極めて中立的な言葉で、必ずしも否定的な状況でしか使われるものではない。逆にThanks toは基本的にthank に感謝という意味があるので、肯定的な使われ方をする場合が多いが、否定的な使い方をしても差し支えない。

 つまりは「所為」とかowe toは極めて中立的な言葉として「起因」を表す言葉であり、それが否定的に使われるというのはニュアンスでしかない。たしかに「~のせい」という場合否定的なニュアンスで使っているケースは多い。だが、ニュアンスというのは濃淡が共有されているものではない故に、「の所為」を肯定的に「絶対に使わない」人もいるかもしれないが「これもあり」だと考える人もいる程度の話である。「ワクチンのせいで」と発言した人が、実はどのような真意で「所為」という言葉を使ったのかは不明であり、もしかしたら否定的に使ったのかもしれないが、言葉の使い方だけで真意の確認もしないまま、他人の言動を断定的に非難したり、邪推したりするようなことはあまり上等ではない。言葉の成り立ちまで思いを致せば、猶更である。
 ものを書くにあたっては「言葉」というものの意味を深く探る必要があると考えさせられた、という意味では貴重な記事であった。

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