前にもどこかで書いたような気がするが、僕は京急電鉄という会社の株を持っている。
この株価上昇の折にも拘わらず、ちっとも株価の上がらない(どころかつい最近、年初来安値を付けた)困った株であり、その上株主優待の対象になるホテルやら観光施設を次々に閉鎖して株主をいらいら、がっかりとさせているが、無料の切符を毎年二回送ってくれる。京急電鉄はご存じの通り三崎口まで延びているそこそこ距離のある鉄道であり、沿線には観光地も多いのでこれだけは便利で、たまの遠出に使わせて頂いている。
以前は油壺にある観潮荘というホテルの日帰り温泉やレストランの割引と併せて使っていたのだが、このホテルも今年閉鎖されてしまったので切符もそのままにしていた。しかしこのままでは今月末で有効期限も切れてしまう。思い立って、城ヶ島まで足を伸すことにした。切符は三崎口までの電車と、そこから城ヶ島までのバスの両方に使う事が出来る。4枚あれば一旅行、往復で2500円くらいが只になる。
城ヶ島までのバスは油壺(観潮荘方面)までに比べてよほど便数が多く、電車との連絡も良い。今回も三崎口に到着してそのままバスに搭乗することができた。
ここへは三年ほど前に一度来たことがある。その時は灯台を見て少しあたりをぶらぶらしてからバスに乗って帰ってしまったのだけど、今回はもう少し大回りをしてみよう。そう思って城ヶ島公園の高台から馬の背洞門近くを散策し、灯台まで戻る道を歩いた。篠竹が左右に密集し、上から覆い被る小径はまるで異界へ繋がる通路のようではあるが、本来日本の原風景である。
日本武尊も東征の折にはこうした道を通ったに違いない。相模(焼津?)で火を放たれたのもこうした見通しの悪い場所だったのだろう。
道の果てには相模湾を見下ろす、褶曲でできた小高い丘があって、そこから波食台が観察できる。地学の好きな人ならば興味深い場所に違いない。その丘から海へとそろそろと悪い足場を降りていく。平日の所為か観光客はまばらであるが、十分に訪問の価値のある美しい風景だ。側で大がかりな工事を行っているのは宿泊施設でも建てているのであろうか、そのために大回りをして灯台の方へと戻った。
猫がやたらといる。なぜか三毛猫が多い。暇そうにしているので体を撫でようとするとするりと逃げていく。
灯台へは階段を登っていかねばならないためか、意外と人は少なく、建物の麓で食事やらソフトクリームやらを楽しんで居る人の方が多い。それほどの階段でもないのだから登れば良いのに。登ればそこからはまた丘とは違う風景を望むことが出来る。
この灯台は現役らしい。ちょっとずんぐりと背の低い灯台なのだけど、きちんと塗られた建物は白い青い空に映えて美しい。
昼時だったが、まだ腹は減っていなかったので、三崎の魚市場まで戻ることにした。バスに乗るほどの距離でもないので、歩いて行くことにする。バス乗り場まで戻ると城ヶ崎と三崎を結ぶ橋の方向へと歩き始めた。するとバス停からすぐの所に干物屋さんがあって、おじいさんとおばあさんが店先でお茶を飲んでいた。店先に置いてある台の中を覗いてみると鰺の干物が置いてある。
「天日干しだよ」
と言いながらおばあさんの方が椅子から立って近寄ってきた。地魚であろうし、なかなか天日干しの干し魚などにはお目にかかれないから、買ってその日の夕飯にしようと決めた。
「小さいのは一匹200円、大きいのは250円だけど、もうちょっと小さいのはおまけして、六匹1000円でいいよ」
と言われたが、六匹は食べられないので大きいのを二尾頂くことにした。するとそれまで座っていたおじいさんが手に容器を持って近づいて、
「どうかね、少し」
差し出した。中には蚕豆の醤油煮らしいものが入っている。
「じゃ、一つ」
と答えると、
「一つじゃ少ないだろう」
と仰るので、手渡された楊子で二つ刺して頂いた。美味しい。
「季節ですね」
そういうと、
「もうおしまいだわね。すぐ枝豆に変わる」
おばあさんがにこにこと笑う。蚕豆が枝豆に変化するわけではない。季節ものが移ろうという事だ。
「店頭で干しているんですか?」
干し道具を横目に訊ねると、
「いいや加工場でね。保健所が煩くて」
おばあさんはちょっと哀しそうな表情をした。
500円玉を渡して店を出る。こういう買い物はもう都会ではなかなか出来ない。
バス通りをまっすぐと歩いて行くと、暫くすれば大きな橋が見えてくる。その橋を潜って行くと北原白秋の碑がある公園にぶつかる。そこから右に曲がり道なりに昇っていくとさっき潜った橋の袂に出る。
車はひっきりなしに通るが、橋を渡る人影は少ない。橋を通っている間でたった一人、それも橋の向こう側を通る人を見ただけであったが、海風がなんとも気持ちがいい。こんな快適なのに・・・もったいない話である。しかし天気が悪い日には目も当てられない仕儀に陥るであろう。
下を覗くと怖いが、それさえしなければ、城ヶ島側も、三崎方面も良い眺めを望むことができる。海からの高さはどれほどであろうか、建物と比較すると30-40メートルというところであろうか。高所恐怖症の身としては少し怖いが、かつて自転車で渡った宮古島と伊良部島を結ぶ橋よりはだいぶ短い。おかげでさっさと渡り切ることが出来た。
三崎まで30分ほど歩けば辿り着ける。市場は平日の昼時だがさすがに賑わっている。二階の野菜売り場を見て回るがもう殆ど売り切れていて、残っていた胡瓜を買ってから下の魚市場に降りた。三崎はマグロで有名なので、店もマグロを多く扱っている。刺身を買ってもいいのだが、今日は干物と決めているので、昼食の代わりにマグロのコロッケとさつま揚げを買って外にあるベンチで食べることにした。合計300円の昼食である。300円にしては食べでもあるし、美味でもある。
外には鳶が舞っている。鳶は、ちゃんと下界を見て弱そうな女子供から食べ物を掻っ攫っていく賢い鳥で、こちらももういい歳だと見分けて襲われる可能性も否定できない。きょろきょろと空を見ながら食べ終えた。後は帰るだけである。バスに乗って駅まで戻り、そこから電車に乗り換えた。電車の窓からまだ雪を抱えた富士山が意外と大きく見えてくる。ちょっとした遠出ではあったが、日柄も良く気持ちよく買い物もできた良いものであった。
そんな想い出を抱え、パソコンに向かいつつついでにテレビを見ていたら昔のサスペンスドラマをやっていた。山口智充と安めぐみが自殺を図ろうとする品川徹さんを助けているのはまさに見たばかりの城ヶ島の景色ではないか。そういえば行く前の日にサンドイッチマンの旅番組でやはり三崎あたりをぶらぶらしていたけど、あの番組で伊達みきおと干物を手にやりとりしていた店のおばあさんは干物を買った店のおばさんだったかもしれない。なんだか妙に城ヶ島あたりに縁のある日々であった。良い場所ですよ。お勧めしたい。