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百足らず八十について 2

 百不足八十垧手とは、「百とはいわないけど、八十、すなわち、とても多くの曲がり角を曲がった遠いところで」と解され、百(もも)足らずは八十の枕詞としてとらえられる、という解釈が一般的のようです。
 私自身は古文の専門家ではないのでこの用例がたくさんあるのかは知らないのですが、唯一知っている用例が、日本書紀の仁徳天皇の条にある、皇后磐之媛の歌「つぎねふ 山背河を 河泝り 我が泝れば 河隈に 立ち栄ゆる 百足らず 八十葉の木は 大君ろかも」という歌です。岩波文庫版では、これを「葉の繁った木は立派でわが大君にそっくりである」と訳し、やはり百たらずは八十の枕詞として、「未開社会では減数法によって数詞を構成しているものが少なくない」と朝鮮語の8やアイヌ語の7を例に挙げています。(ただ、このケースは実際には数詞そのものではないのでこの指摘が正しいのかはよく分かりません)
 しかし、小説を書く人の目からは、
1) 大穴牟遅命は自ら治めていた国を譲る事態で、私は遠くへ参ります、と言う時にこの表現を使っている。
2) 磐之媛は、公務(豊明に使う御綱葉を採取の旅)に出ている最中に仁徳天皇が八田皇女を引き入れ、そのことに激怒して葉を海に投げ捨て実家近くに帰る途中でこの歌を歌っている
 わけで、どうも二つの用法は、100点ではないけど80点で合格点、という肯定的な響きよりも、留保の匂いを感じてしまうのです。
 現在と違って言葉は言霊の時代、枕詞にも意味があるとしたら、八十にかかる百足らずには、どこか納得していないニュアンスがあるのではないか。そもそも枕詞というものは古代的には、何らかの意図を込めて使われていて、時代を経るにしたがって形式的なものに変容していったのだ、という解釈もありえるのではないか。2)に関しては歌という事で、調子を合わせるために敢えて「百足らず」という言葉を挿入したと捉えられないこともないですが、それにしても百足らず、という言葉でなくてもいいのではないか。
 そうした思いをベースに「天地の章」で呪術的な意味を込め、遠くと言っても見守ることのできる距離でこの国を見守っていますぞ、と大穴牟遅命に言わしめ、「悲恋の章」に登場させてみました。
 まあ、これは学術的な裏付けがあるわけではないのですが、古代の書にはそうした幻想を抱かせてしまう魔力のような物があるので、ぜひ手に取ってみてください。

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