【名探偵の裏の顔とお稚児さん集団の真相】
「子供が外で歌って良いもんじゃないんだよ。花一匁の花ってのは、花代のことさ」
拙作『隻脚娼婦館』十二話の冒頭で、安宿街に現れた怪僧が、そんなことを言い出して若者に説教します。童唄『はないちもんめ』に隠された秘密という按配です。
これには明確なネタ元があります。「本当は怖い童唄(わらべうた)」のような類いのオカルト系雑学ではなく、寺山修司さんの散文詩『便所のマリア』です。
「ふるさと捨てて、荷物まとめて売られてゆくときにも女郎の花代がたったの一匁しかなかったという、貧乏物語なんだ」
以上が、ネタ元の一文になります。このほかに散文詩では「ふるさとまとめて花いちもんめ」のフレーズが効果的にリピートされます。「ふるさと」の語感が実に寺山チックです。
けれど『便所のマリア』で強い衝撃を受けたのは、童唄の裏話ではありません。幼い娼婦マリアを助けるロマンスグレーの紳士が鮮烈な印象を与えるのです。
「たった一人の友だちは、小林おじいさん、
むかしは明智小五郎探偵の『少年探偵団』の小林少年として、
ならしたものですが、
いまは年老っておちぶれた、
名もないおかまです」(改行など原文ママ)
あの名探偵は実は男色家で、小林少年はパートナー、そして探偵団はお稚児さん集団だったと唱えるのです。目から鱗が落ちました。江戸川乱歩という本邦推理小説の真祖に感服し、尊敬の念を深めます。
軽妙な児童向けの冒険・探偵小説であるにも拘らず、マニアックな設定を巧妙に織り込む…もちろん、明智探偵が少年団メンバーを「ユー」と呼んだり、もっとダイレクトな描写があったりはしないでしょうが、慧眼の識者は見抜いていた。
博覧強記の人にして、独自の嗅覚を持った寺山さんのこと、隠語を感知して行間を読み解き、名探偵と少年のあやしい関係を導き出したに違いない…
何年もの間、この少年探偵団=お稚児さん設定を信じていました。ところが、全然違うようなのです。原作にそれを示唆する描写は僅かにもなく、明智探偵は女性と所帯を持つらしい…
すみません。『怪人二十面相(くわいじんにぢゆうめんさう)』など諸原作を読んだこともなく、大きな勘違いをしていました。
ただ、寺山さんが何処から着想を得たのか判りませんが、二次創作だとしても、この『便所のマリア』に登場する小林おじいさんは心優しいジェントルマンで、良い味を出しています。(注:最下部に当該イラスト)
そんな設定があるのだったら良いになあ、と今でも思いますし、熱心に読み込めば何処かにヒントが在るのではないか、とも考えます。
次、ヴァイニールの盤を裏返してB面に行きます。
【ホテル・カリフォルニアの真実】
とある亜大陸の、限りなく屋台に近いオープンレストランで、聞き覚えのある曲が流れて来ました。大御所ロック・バンド、イーグルスの名曲『ホテル・カリフォルニア』です。
たまたま相席した強者系の日本人滞在者は、したり顔で話し始めました。
「この曲ってな、アメリカ西海岸風の暢気な曲とちゃうんやで」
少し意外でした。同曲は、西海岸的な底抜けに明るくて能天気な「行こうぜ、ベイビー」的なヒットソングだと思っていたのです。歌詞もサビ部分しか解りません。尚且つ、ギタリストはエリック・クラプトンだと勘違いもしていました。
では、どんな曲だと言うのでしょうか?
「ある男が、ホテル・カリフォルニアを再び訪れるんやね。若い頃に来た懐かしの場所や。もう何年も経ってる。そこで早速バーに入り、カクテルを注文しよった。こない言ったんや。『レボリューションを一杯くれ』ってな」
はあ、そんな歌詞なんだ、と私は感心します。革命という名のカクテル。確かにお気楽なロックの楽曲ではないようです。
「するとな、バーデンダーが言うんや。『昔あったカクテルです。お客さん、そんな時代は過ぎ去ったんですよ』ってな」
うん、悪くありません。『ホテル・カリフォルニア』はベトナム戦争に絡んだ反戦ソングで、日本人は歌詞が分からないから皆勘違いしている…半分、説教を喰らった感じでしたが、私は素直に受け取り、面白い小話を教えて貰ったと喜びました。
そして幾星霜、何かの弾みで『ホテル〜』の歌詞を調べる機会が訪れます。対訳はネット上に多数ありました。しかし、なんか違う、かなり違う…焦点のカクテルを注文するシーンは、以下のようになります。
「キャプテンを呼んで『私のワインを持って来て』とお願いしたら、彼は『手前どものホテルでは一九六九年から後、そのスピリットは置いてないんです』って言ったんだ」(拙訳)
バーではなく、ルームサービスの気配。「my wine」と「that spirit」の関係性は不明ながらも、肝心の「リボリューション」は影も形もありません。革命という名のカクテルなんて、嘘っぱちでした。
曲の歌詞は、ホラーな雰囲気もあって確かに陽キャソングではないけれど、ベトナム戦争とは年代の符合しかなく、牽強付会の域を出ません。また米国の場合、反戦と革命云々はイコールではないでしょう。
深刻な問題は、カクテル「リボリューション」の小話を既に私が多くの人に、しかも自慢げに語っていたことです。少なく見積もっても回数にして三回、複数名が一緒にいたケースもあり、十人以上にドヤ顔で話していました。
手遅れです。少年探偵団の秘密は、幸い、誰にも話す機会がなく無傷でしたが、こちらはギリギリ致命傷です。
それでも、言い訳がましくも、歌の中で「リボリューション」という単語を聴いたことがあるような気がします。何処かの南国で見たMTVの番組「アンプラグド」で、クラプトンが同曲を弾き語りしていたような…幻聴と幻覚のセットか、差し替えられた記憶だったのでしょうか?
翻って、少年探偵団=稚児集団説も、寺山さんとは違う誰かのエッセイで目にした覚えがあるような…何ひとつ定かではありませんが、信じ込むに至る要素が何処かにあったとも。
まあ、これが乱歩の言う「うつし世は夢 夜の夢こそまこと」なのでしょう。
写真=昭和五十八年 新評社刊『寺山修司の世界』より(イラストは漫画家の吉田光彦さんです:撮影=福助)