ソシャゲのバレンタインイベント予告が始まったから今は2月の中頃なんだな……こんな形でしか月日の流れを体感できない生活を送っておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 毎度おなじみ新作特集、「カクヨム金のたまご」のお時間です。
 今回はやたらと腹黒な聖女が主人公のファンタジーから、恐怖のタワーマンションが登場するパワーワード満載のホラー、三島由紀夫が自決しなかった架空の現在を紡ぐパスティーシュ、嘘の告白から始まる甘さよりも苦さが際立つラブストーリーまで多彩な作品をご紹介いたします。ジャンルはバラバラですがどれも内容は一級品。この中から皆様のお好みの作品が見つかれば幸いです。

ピックアップ

腹黒聖女は嘘とハッタリで自分の無力をごまかす

  • ★★★ Excellent!!!

 世界最強の聖女を母に持ち、『聖女をも超える聖女』としてチヤホヤされ続けてきたメリル・クライン。14歳の誕生日に初めての悪魔祓いに出向いた彼女は、そこである重大な真実に直面する。彼女には母のような悪魔と戦う力が存在しなかったのだ!

 目の前には自分を睨みつける悪魔、後ろには期待の目でメリルを見る同行者たち……この絶望的な状況で彼女は起死回生のアイデアを思いつく。口八丁で目の前の悪魔の無実を証明できれば、戦闘を回避できる!

 表向きは綺麗ごとを並べながら、腹の中では自己保身しか考えてないメリルのキャラがとても良い。結界で悪魔を閉じ込めたフリをしつつ「ハリボテの結界が破れてこの悪魔が新たな被害を出そうが、そんなのは私の知ったことではない。コネで免状を出した教会の偉い人が悪い」なんてとんでもないことを考えるかなりの腹黒っぷりだ。

 終始こんな感じで嘘とハッタリを積み重ねその場しのぎを続けていくメリルだが、なぜかこのハッタリが意外な真実に繋がっており、結果的に周囲から認められていくというストーリーも大変面白い。クセのある魅力的な主人公と捻りの効いたストーリーが織りなす完成度の高いファンタジーだ。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

異常な怪異であふれ返る地上最強のタワマン爆誕!

  • ★★★ Excellent!!!

 物語の中心となるのは山手線内に建つ非道建築タワーマンション、その名も『入居者の終の棲家になるタワー』だ。何やら不穏な名前に聞こえるが、実際このタワマンは縁起でもない大事件が起きている。

 何と入居者全員が一日の内に殺されてしまったのだ!……いやいくら何でも死にすぎでしょ……。しかし、この少年漫画もびっくりのインフレは死者の数だけにはとどまらない。登場する怪異も『ストロング・ザ・メリーさん』『ビック・ザ・メリーさん』などいきなりアクセルを踏み込んだ連中が襲い掛かってくる!

 そんな怪異と対峙する人間側も当然ただものではない。物理的な暴力で霊を払う除霊師、見るだけで物件の価値がわかる不動産鑑定士、この狂気のマンションを建てた事故物件一級建築士、何の前触れもなくサプライズで登場する忍者……やたらとアクの強い人物ばかりだ!

 こんな感じで文中のあらゆる部分にパワーワードが散りばめられており、インパクト全振りな内容かと思いきや、ストーリー展開だけを追うと結構真面目にホラーをやっているのが凄い。なんというか色々な意味で恐ろしい怪作である。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

あの日死ななかった三島由紀夫の現在を描く至極のパスティーシュ

  • ★★★ Excellent!!!

 1970年、小説家・三島由紀夫は自衛隊駐屯地でクーデターを呼びかけた後、割腹自殺による壮絶な死を遂げた。内容もさることながら、ノーベル賞候補にもなった日本有数の文学者が起こしたということもあり、この事件は世の中に大きな衝撃を与えた。

 この事件が未遂で終わってしまい、三島由紀夫が現代まで生き延びたifを描いたのが本作品である。

 かつての怜悧さは失われ周囲からはすっかり過去の人と扱われ孤独な晩年を過ごす三島、その彼の行く先には常に一人の青年がつきまとう。彼は三島の小説を引用しながら三島の現在のあり方を責め続ける。この青年と三島由紀夫の対話がある種の三島由紀夫論になっているという構成が凄い。

 三島の文体を模倣し、三島の作品を引用して、三島由紀夫本人の架空の晩年を描くという非常に挑戦的なパスティーシュだ。

 末尾についている註釈の量も膨大で、これだけ大量の引用を違和感なく小説に落とし込む手つきも際立っており、筆力と熱意が両立して初めて成立できる鬼子のような作品だ。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

表と裏から語られる歪なカップルの物語

  • ★★★ Excellent!!!

 罰ゲームをかけた持久走大会に負けてクラスメートのイモ女・草鹿華子に告白することになった館崎亮介。断ってほしいという亮介の願いにかかわらず、華子は告白を受け入れ二人は付き合うことに。罰ゲーム期間の一か月の辛抱だと考える亮介だが、付き合い始めてから華子はどんどん垢抜けていき、気づけばクラス一の美少女となっていた……!

 さらにSNSによって二人が付き合っている事実が拡散され、周囲からは羨望の目で見られるのだが、きっかけがきっかけだけに亮介は素直に喜ぶこともできない。そんな中校内で二人の関係を揺るがす大事件が起きてしまう……!

 この一章ラストで起きる事件のインパクトが物凄く、そこまで読むと最後まで読むのを止められなくなってしまう一気読み必至な作品。一章は告白した亮介の視点から、二章は告白された華子の視点から物語が描かれることで、読んでいて気になった不自然な部分にしっかりと答えが出てくる構成も面白い。

 また刺戟的なばかりではなく「嘘の告白」というラブコメジャンルはよく見かける題材に真摯に向かい合い、人を愛することの意味を痛々しいぐらいに突き詰めているのも印象的。甘々な作品が強いカクヨムのラブコメジャンルで、苦く切なくやるせない恋愛を最後まで描き切った力作だ。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)