暑い暑いと呻いていたらすかっと寒くなって参りました。ちょっとだけ安心しておりますおじさんです。
さて、寒くなってくると食卓への登場頻度が上がるもののひとつが鍋物ですね。わたくしも週一くらいでいただいているのですが、各食品メーカーさんが販売しておられる液体スープ、あれはすばらしいですねぇ。魚介醤油、豚骨、ピリ辛等々、じゃばっと注ぐだけでおいしい出汁ができあがりですよ。そこに下ゆでした大根やら面取りした里芋を入れたら……うん、素敵な煮物が食べられるのです。具材につきましてはともかく、野菜いっぱい食らって健康っぽい冬生活を営んで参りましょうぜ!
そして今月は新作のご紹介です。毎度毎度選出させていただくまでにおそろしく悩むのですが、それはここまで悩める高品質な作品をご投稿くださっているみなさまがいてくださればこそ。幸いを噛み締めつつ、レビューのほう行ってみましょうー。
凄まじい便意に苛まれた東都弁蔵。ついに見つけたコンビニのトイレへ駆け込もうと、信号無視して道路へ飛び出したそのときトラックが——! つぶっていた目を開くとそこは真っ白な空間で、女神を名乗る美女がいて。彼はお約束の特殊能力をもらって異世界へ転生するのだ。そう、いつでもどこでも「トイレを出せる能力」を。
主人公の名前が“とうと べんぞう”なのも大概ですが、能力を使うごとにもらえる経験値がTP(トイレポイント)というのが実にアレですね。これを使うとただの便器に過ぎなかったトイレが抗菌や消臭やウォシュレットといった機能を充実させていきます。しかもですよ、それが出オチで終わることなく、文化レベルが発展途上な異世界にひとつの革命を起こしていくのです! おっと、ご安心ください。異世界ものの醍醐味である爽快感も(思わぬ形で)演出されておりますよ。
異世界×トイレが織り成すものはすなわち人のたまらない衝動を浮き彫るドラマ。みなさまはゆっくり落ち着いてお楽しみを。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
ある日人類は唐突に斃れ伏し、滅んだ。なぜか生き残ってしまった夏めぐみが死体だらけの通学路を抜けて高校へ向かうと、教室には今ひとりの生き残りである石黒姫子が自習に励んでいた。これまで一度も話をしたこともなかった彼女たちは町へと繰り出す。不自由の消失によってもたらされた、ふたりだけの自由を楽しみ尽くすために。
滅亡した世界を渡って登校するめぐみさんの思考、薄情に見えるほどドライなものです。それは世の中に押しつけられる抑圧に抗う、か細いながらもしかと尖ったしたたかさ——思春期のただ中にあればこその少女性です。この輝きに目を奪われましたねぇ。
そして、そんなめぐみさんが唯一無二の共犯者となる姫子さんに出会うことで進むべき先を見出すのですが。ここで綴られる「ふたりきり」の世界観にもまた色濃い少女性が匂い立っていて、得も言われぬ情感をもたらしてくれるのです。
ほろ苦い読後感に香るほの甘さ、ぜひとも噛み締めていただけましたら。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
塗装業(ペンキ屋さん)を営む社長“フク”は、倉庫整理をしようとした中で認識した。仕事が交錯する中で使い切れないペンキが増える。それらが消費期限を迎えれば産業廃棄物として廃棄しなければならない。その額はなんと年間200万円! かくてフクは一念発起、5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)から始まるDX(デジタル革命)へと踏み出した。
倉庫を綺麗にしたい。本作はそこから始まった経営革新の道程を描いたものですが、その過程が簡潔でありながら起伏に富んでいて本当におもしろいのですよ。経営者と現場で働く方々との間に生じる軋轢しかり、実施する中で思いつく新しい試みしかり、それによって増大するフクさんの負荷しかり。すべてが次の挑戦へ繋がって、やがてひとつの成功を形作っていく。このカタルシスはまさに王道!
物語も現実も動かしていくのは人です。自ら動いて物事を動かし、成功を掴んだ人を描くこのお話、あなたの心にきっかけをくれること間違いありませんよ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
数十年の昔、“春沢P”には婚約者がいた。新居を用意し、3ヶ月後に結婚式を挙げる。そこまで決まっていながら、婚約者は唐突に電話することを拒絶したのだ。そして彼女は彼を拒み続ける。だというのに結婚自体は行うつもりらしく……理不尽ばかりを突きつけられる状況の中で彼は悩み、ついに彼女との婚約を破棄することを決意した!
春沢Pさんは婚約者に向き合うことすら拒絶され、その心情がわからなくて悩みます。だからこそ思い知らされるのですよ。人は恋人に愛情があるからこそ「さまざまなこと」を経なければ思い切れないものなのだと。そうした過程が積まれる中で現在の著者さんによる推察や推論が語られて、一層考えさせられてしまうのです。結婚というものの価値や意義、そこに関わる人の有り様というものを。
まったくもって明るいお話ではありませんが、ここにはなによりリアルな男女の関係性とそれを巡るドラマがあります。未婚の方は備えとして、既婚の方は戒めとしてご一読ください。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)