今年は梅雨がちゃんと梅雨っぽいですね。雨による湿度で息があがってしまい、なかなか意気が上がらないわたくしです。いやいや、お歳を召すと湿気がね、弱々な体に障るのですよ。いずれみなさまも思い知っていただけることでしょう。
 と、詮ない呪いをかけるのはこのくらいにしておきまして、今月は『喫茶店』を舞台とした4作をご紹介させていただきますよー。
 わたくし日々のお仕事は喫茶店でさせていただいていて、本当に馴染み深い場所だということもありますが、だからこそ思うのです。喫茶店は人(店員さんやお客さん)・物(お茶や軽食等の物語的推進剤)・場(人が自然に集える必然性)のすべてが揃っており、加えてレストラン等とはまた違う、どのようにでも過ごせる時間が保証されたこの上ない物語舞台だと。
 さあ、紹介作ではこれらの要素がどのように焙煎されて挽かれ、淹れられているのでしょうか? どうぞカップ片手にゆっくりとお楽しみください。

ピックアップ

最大にして最高の魅力は喫茶店という「場所」!

  • ★★★ Excellent!!!

 町の片隅に『喫茶もかもか』という喫茶店がある。営業時間は変則的な17時から25時。加えて一見民家のようで、普段なら見落としてしまうだろう店なのだが——感じの良い青年店主と毛玉さながらな小型犬が待っていて。来店した人々をあたたかく、やさしく迎えてくれるのだ。

 訪れるお客さんは皆なんとない不調や不幸を抱えた人たちで、彼らはこのお店で癒やされたり元気をもらったりするわけなのですが……それに店主さんや犬のもかもかさんが直接関与しないところが肝なのですよ。彼らが提供してくれるものは、ゆったりとした時間。その中でお客さんは自分自身と向き合い、踏み出していく力を取り戻すのです。

 喫茶店は燃料を補給する場所でなく、時間を過ごす場所。その「場所」が舞台というだけでなく主役として機能しているからこそのドラマが本作にはあるのです。喫茶店ものは世に多々存在しますが、本作は希有でありながら王道中の王道であると申せましょう。

 読後、ふわっと心が軽くなる素敵なお話です。


(「喫茶店へ行こう」4選/文=高橋 剛)

「いつもつまらなさそう」の裏に隠れていた本当の自分は——

  • ★★★ Excellent!!!

 ノー残業デーをすっかり持て余してしまった佳苗二葉は、通勤路の途中にある『手芸喫茶 自由時間』なる店のことを思い出す。父の形見である編み棒を携え、おずおず踏み入ってみれば、おっとりと品のいい店主“サチ”とこの場を愛する人々が迎えてくれたのだ。

 元カレ含め、関わった人の多くからつまらなそうでおもしろくない奴だと評される二葉さんは、ユウ——実は同じ会社の同期である水城勇斗くん始め、様々な人が集うあたたかな場所の中で本当の自分を見出していくのですが。

 真っ先に注目していただきたいのは人物像の深さと表現の巧さ! 詳細は本編で見ていただくとして、彼女のトラウマがあることをきっかけに“形”を得、せっかく見つけた『自由時間』から逃げ出してしまうに至るその重さと、そこから自身と向き合い、先へ進んでいくことを選ぶ力強さ。二葉さんの有り様そのものがドラマとして輝いているのです。

 まとめるならば、二葉さんが自分を認めて許すまでの厳しくてやさしい物語。悩める方も自身に自信がおありの方もぜひご一読を!


(「喫茶店へ行こう」4選/文=高橋 剛)

その喫茶店にはコミュ障で奇人な女子高生の店主が居る

  • ★★★ Excellent!!!

 香笛春風(かふえ はるかぜ)は、養父に代わって喫茶店『ミニドリップ』を経営する女子高生である。コミュ障を自認し、どうにも人と距離感を置きたがる彼女だが、訪れる人々との交流する中で少しずつ成長していく。

 マスターが女子高生でコミュ障で、しかもかなり変わった性格の持ち主。キャラものかと思いきやそうではありません。春風さんの背景には重い背景があって、そのギャップが軽やかな物語へずしりと効かされているのです。こうしたお話はタイムリミットを設け、楽しさの裏に緊迫や悲哀を醸すことが多いのですが、だからこそ主人公そのものをもって醸す本作の仕掛けは本当におもしろい。そして主人公に焦点が合わされていることで、『ミニドリップ』という場でなければ出会うことのなかった登場人物と関係を結び、結果として彼女がどう変わっていくかも鮮明化され、ドラマとして際立っているのです。

 軽くて甘い読み口にはしる刺すような苦み、この極上の味をぜひご賞味ください。


(「喫茶店へ行こう」4選/文=高橋 剛)

自分を知るほどに深まっていく、迷い

  • ★★★ Excellent!!!

 恋人との日々になんとない鬱屈を感じている鈴木果歩は、買い物の途中で突然の雨に見舞われ、近くの喫茶店へ逃げ込んだ。『純喫茶同好会』という名前のその店は、常連である香山という青年の発案で名前通りの同好会を発足したのだという。会に加わり、店へ通うようになった果歩は発案者の香山と交流する中、しだいに彼へ惹かれていくのだが……

 恋人に「果歩は俺を見てないよね」と言われたことをきっかけに、果歩さんは自分と向き合うこととなります。頬にできた大きなニキビにすら気づかない自分。恋人によく思われるよう行動しているだけの自分。常識を演じてきた自分。そして香山くんと出逢って思い出し、見出した自分。

 そんな自覚なき自分探しの果て、彼女は新しい恋へと踏み出していくのですが。そのまっすぐではない動線と、どこか模糊な風情を匂わせる結末、それが強い苦みとコク深さを併せ持つ人間味を味わわせてくれるのです。

 綺麗じゃないからこそ、一層人間らしさという香りが引き立つ一作です。


(「喫茶店へ行こう」4選/文=高橋 剛)