今回は経営者というテーマで4作品をピックアップ。経営者というのは人の上に立つ立場。ただ成果を上げればいいわけではなく、あまりに成果を求めた結果、部下たちの恨みを買ったり、職場の空気が悪くなったりしては、一流の経営者とは呼べないのだ! 経営とか難しそう……と敬遠する方もいるかもしれないが、そこは御安心を。異世界の魔王になったマニュアル好きの社会人、突然領主にされた貴族の次男坊、リサイクルショップで働く元転売屋、農業経営しつつデスゲームに参加する男など、様々なジャンルの経営者を取りそろえた。彼らは果たして一流の経営者と呼べるのか? それはあなたの目で判断してほしい!

ピックアップ

チートはなくともマニュアルがある! 異色の国盗り物語!

  • ★★★ Excellent!!!

魔人によって異世界に魔王ルーザックとして転生した柘植隆作。しかし魔王とはいっても、身体能力が多少優れている程度で、そこまで大した力はない。魔王を名乗れど最初は部下も存在せず、一緒にいてくれるのはあらゆる能力を失った先代魔王のアリーシャだけ。こんな状況から、七人の王が支配する人類社会に勝利しなければならない。

だが、彼には確信があった。自分が裁量を握り、自分が考えたマニュアルを部下が実践すれば、あらゆる困難を乗り越えられると……!

マニュアル作りに必要なのは、まずはデータ収集。かくしてルーザックは魔王なのに人間の砦に忍び込んでスパイ活動に励んだり、ときには部下のゴブリンをかばって前線に立って戦ったりと実に泥臭い努力を繰り広げる。しかし、そんな彼だからこそ部下たちは彼が作ったマニュアルを信頼し、自分たちの命運を懸けて戦うことができるのだ!

アドリブは苦手なものの目標に向かって真っすぐ行動し、どんな些細な事でも丁寧にマニュアルを作ろうとするルーザックは妙に人間臭い魅力がある。また彼に助けられ付き従うゴブリン達。多くの作品では弱くて醜悪な存在に書かれるゴブリンという種族が、素直で主人の言うことに付き従う可愛らしい存在として書かれているのも面白い。

チートな能力を持たない魔王によるマニュアル頼りの国盗り物語、その結末や如何に!


(「頑張る経営者!」4選/文=柿崎 憲)

結婚相手は兄の元カノ!? 最悪の状況から始まるダニエルの領主生活

  • ★★★ Excellent!!!

伯爵家の次男に生まれ長男のスペアとして冷たく扱われながらも、騎士団で身を立てようとしたダニエル。しかしある日、実家から呼び出され、以前から実家で付き合いのあった伯爵家への婿入りすることを命じられる。

これもある意味立身出世……と思いきやこの結婚には無数の問題が山積みだった。婚約者の令嬢ジーナは、ダニエルの兄と既に関係を持っておりさらに兄の子を妊娠している。しかもジーナはまだ兄に気があってこの結婚に大反対。付き合う前から既に寝取られている……。だったら兄が責任を持てよと思うのだが、兄は兄で荒事の多い向こうの領地へ婿入りを行くのを嫌がっており、かくしてダニエルが犠牲になったのだ。

この時点でかなり最悪なのだが、さらに今回の貴族同士の結婚を他の貴族に、宰相に、さらには王様までもが注目しており、ダニエルは権謀術数渦巻く、貴族同士の権力争いに巻き込まれていく。

借金をして配下を集め、したくもない結婚のために好きでもない婚約者を説得するダニエルの姿はかなり悲惨だ。しかし、悲惨だからこそ読者はつい彼を応援したくなってしまう。それにダニエルだってやられっぱなしなわけではない。親の言うことには逆らえないが、自分を次男だと侮り刃向う者には容赦なく断罪する激しさも持っている。

腕っぷしには自信があれど政治は得意ではないダニエルが、身内ですら信用できない環境でどこまでやっていけるのか? この新米領主の奮闘を是非見守っていきたい。


(「頑張る経営者!」4選/文=柿崎 憲)

元転売屋が赤字続きのリサイクルショップを立て直す!

  • ★★★ Excellent!!!

赤字続きのリサイクルショップ「イエローブック森泉店」。高校3年間、そこでバイトを続けてきた今浜瑞穂はそんなお店の将来に不安を抱いていた。そんな現状を変えるべく社長が新たに雇ったのが速野渚。彼は一部から『強欲な仮面』と呼ばれるせどり――いわゆる転売屋――として有名な男だった!

速野がお店を立て直す様子をバイトである瑞穂の視点から描くお仕事ものの本作品。作者が元ゲームショップ店長ということもあってか、ディテールがとっても細かい! 本やゲームを売り買いする際にどこを重要視するかせどりの観点から解説するのも面白ければ、赤字続きなのにあえて営業時間を減らす大胆な展開など、お店を改革する経営サクセスストーリーとして大変良くできている。

しかし働いているのはあくまでも人間、論理的に正しいやり方であっても、これまでやってきたことを否定していけば当然反感も買うことになる。本作はそこを誤魔化さずに、そこで生まれる他の社員たちとの対立をしっかり人間ドラマとして描いているのも実に良い。

ただ儲かれば良いとするのではなく、読者も働きたくなるような職場が出来ていく過程が心地いい、とっても素敵なお仕事小説だ。


(「頑張る経営者!」4選/文=柿崎 憲)

デスゲームと農業を交互に繰り返す新手のスローライフ!

  • ★★★ Excellent!!!

参加者たちが突如巻き込まれて混乱の最中殺し合うことで強制されるデスゲーム。しかし本作の場合は少し事情が違う。

ある日、拉致されて強制的にデスゲームに参加させられた奈良原新汰。デスゲームものの定番の導入だ。しかし、彼はこのゲームに見覚えがあった。それどころかこれは以前彼がゲーム会社で働いていた頃に騙されて作っていたゲームだったのだ。

作ったということは当然ゲームの弱点も知っているわけで、攻略法を持っている主人公が、様々な手段を使って全員生還を目指すという本作品。一つ間違えれば死ぬという状況なのだが、緊張感を全く持たない新汰が平然と行動するのが楽しく、またコミュ障なこともあって周りを説得しては変にこじれてしまうのも楽しい。

また本作のデスゲームものに農業スローライフ要素を組み込んでいるのが面白い。新汰がデスゲームから生還すると、ゲーム内で出会った人たちが新汰の下を訪れ、彼の農場を手伝うようになる。それからしばらくすると新汰はまた新たなデスゲームに巻き込まれ、そこで参加者とまた仲良くなり……というデスゲームと農業の奇妙なサイクルが生まれているのが本作独自の魅力になっている。


(「頑張る経営者!」4選/文=柿崎 憲)