今回は奇妙な事件というテーマで作品を選んでみた。奇妙といっても、その奇妙さは作品それぞれである。子供をさらって身代金を要求するのではなく、逆に大金を渡して使えと言ってくる誘拐犯、檻に閉じ込められた殺戮オランウータンによる殺人事件、筆まめなミステリー作家に送られる様々な事件の相談、なぜか安価な物ばかり盗まれる連続窃盗事件……そしてこれらの作品の素晴らしいところは全て完結済みの作品であるということ! 今回に限り「全部読んでしまって更新が待ち遠しい!」というお悩みは無用である! というわけで気になる結末まで、安心して一気読みしてください。

ピックアップ

誘拐犯がなぜか大金をくれて、買い物をしろと言ってきたんだが……?

  • ★★★ Excellent!!!

息子を誘拐された主人公。犯人に指定されたコインロッカーへ行くと、その中には大量の現金が! そして犯人からの要求は、この三千万円を二時間以内に使い切れと言うものだった!

もらったお金で好きなだけ買い物をしても良い……ある意味夢のようなシチュエーションであるが、実際に金を使う立場になってみると、三千万円を一気に使うというのはハードルが高いのだ。しかも犯人は二十万円以上の高級品は買っちゃダメとか、土地やサービスのような無形のものは買っちゃダメとか色々注文をつけてくるし、息子の命がかかっているとなればなおさらだ。

かくして男は一心不乱に買い物を続ける。愛する息子を助けるために……。

こんな無茶苦茶な要求に主人公が翻弄される様子も楽しいのだが、あくまで本作はミステリー。ちゃんと犯人の理不尽な要求にもしっかりと解答が用意されている。一体何が目的で犯人は男に金を使わせようとしていたのか……短編ですぐに読めるので気になった人は今すぐ答えを確認しよう!


(「奇妙な犯罪」4選/文=柿崎 憲)

檻の中のオランウータンはいかにして飼い主を殺したのか?

  • ★★★ Excellent!!!

世の中には定番の組み合わせがある。萩に猪、紅葉に鹿。そして密室殺人にはオランウータンである。なんでそうなったのかはネタバレになるので、興味を持った人が各自で調べてほしい。

さて、本作ではそんなミステリーの伝統に基づいたオランウータンによる密室殺人が描かれている。しかもただの密室ではない。二重の密室だ。まず密室に閉じ込められた被害者の死体。そしてその死体のすぐ側には檻に閉じ込められた殺戮オランウータン……。

この二重の密室とも言うべき状況で、檻に閉じ込められたまま殺戮オランウータンはいかにして飼い主を殺したのか? それとも別に真犯オランウータンがいるのか? そもそも既に檻に入っているのにわざわざ名探偵を呼び出してまで事件を解決する必要があるのか? シンプルな事件ながらも多くの謎が入り乱れる短編になっている。あまりに馬鹿馬鹿しいシチュエーションだが、トリック自体はわりとしっかりしているのも高評価である。

ちなみに殺戮オランウータンという耳馴染みのない単語についてはカクヨム内を「殺戮オランウータン大賞」という単語で検索して察してほしい。本作以外にも殺戮オランウータンによる珍妙な事件が多数描かれる大変楽しい企画だ。


(「奇妙な犯罪」4選/文=柿崎 憲)

灰色の日常を変えるのは死神のカードと小さな窃盗事件

  • ★★★ Excellent!!!

高校時代に女友達に振られたことを引きずり続けている大学生の渡貫詳。

一応『お悩み相談サークル』に所属し、時々持ち込まれる事件を解決して自尊心を満足させたりもするがその日常は灰色なまま。

そんな彼が学食で食事をしていると、ちょっと目を離した隙に割引券が盗まれるという妙な事件に巻き込まれる。しかも、ただ盗むだけではなく新聞記事とタロットカードをその場に残すという妙な犯行アピールをしてくる犯人。その後も学内で似たような小規模な窃盗事件が起き続け、サークルの後輩の角川貴理にせっつかれ、詳は事件の解決に挑むことに。一見何の意味もない犯行に思われた事件だったが、捜査を続けるうちに事件と被害者にある共通点が見つかり……。

事件のテーマとなるのは、犯人がどうやって盗んだのかという点ではなく、何故財布や貴重品ではなくどうでもいいものばかり盗むのか?という日常の謎にというジャンルの本作。手掛かりを丁寧に読者に提示しつつ、終盤で思わぬどんでん返しも用意されており、ミステリーとしてもしっかり面白いのだが、それだけではなく詳と貴理の他愛ない日常の会話が楽しく、一見事件に無関係な要素もしっかりとラストに結びついている青春小説としても優れた作品だ。


(「奇妙な犯罪」4選/文=柿崎 憲)