わたくし、日々喫茶店の一席をお借りして書き物仕事してるおじさんです。その関係からお昼ご飯も毎日外食なのですが……連日30度越えとなるとなにを食べるか迷いますよねぇ。
汗を噴きたくないのでさっぱり系で行きたい。でも“でぶ”であるが故に量も確保したい。ついでに言うなら予算も抑えたい。
実に悩みます。悩んで悩んで悩んで、最後は「悩んでてもしょうがねぇ!」ってなって、結局お安めな食べ放題に向かうのですけどもね。
さーてーおーきーっ! 今月はおすすめレビュー。暑さがもたらす諸々の激しさとは真逆な「余韻ほろほろ」をテーマに、みなさまへぜひ出逢っていただきたい4作をご紹介させていただきます。しみじみと味わってくださいませー。

ピックアップ

彼が見つけたものは、世界でただ一羽の月のウサギ

  • ★★★ Excellent!!!

現実世界への忌避感を抱える大学生の駆は、この世界を美しいものだという早苗と、彼女が語る空想世界とを愛していた。彼女との同棲生活に退屈は存在せず、幸せに満ちていて……。しかし大学4年生になった彼は退屈で嫌いな現実と向き合い、打ちのめされ、迷い、その果てに見いだすのだ。たったひとつの幸せを。

駆くんは感受性豊かで繊細なだけに傷つきやすく、早苗さんは想像力と発想力に優れた、そして明言はされていませんが病気を抱えている人です。つまり、明確な弱点があるふたりなんですよね。でも、駆くんは早苗さんの奔放な内面世界に出逢って救われます。早苗さんもまた、自分の内に逆巻かせることしかできなかった空想を受け止めてくれる駆くんという器に出逢って救われるんです。

ふたりの物語はけして大恋愛じゃありません。でも、これこそが唯一無二の運命なんだと、たった8072文字で伝えきってくれるのですよ。

この胸に切なく染みるやわらかさ、ぜひ味わっていただきたく。


(「余韻ほろほろ」4選/文=高橋 剛)

七夕の星が結ぶアルタイルとベガの物語

  • ★★★ Excellent!!!

星を眺めるのが好きな星野光輝は、進学した高校で天文部へ入部することを決めた。が、部は過去に起きたとある事件で部員がおらず、観測にもってこいの屋上は立ち入りが禁止されている。天文部員的には最悪のスタートとなったのだが。彼のとなりにはもうひとりの入部希望者で星を愛する少女、光がいた。

ボーイミーツガールっ! 光輝くんと光さんの出逢いがもう運命匂い立つ感じで、一気に掴まれます。ふたりぼっちは寂しいですが、ふたりきりにはロマンしかありませんからね。
しっかり恋愛フラグを立てた冒頭があればこそ期待値は高まり、なんでもない会話劇が彩づくのです。それにですよ、そこの光さんがまたかわいいんですよ。時々混じる「〜しようや」って女子っぽくないセリフが逆に彼女の魅力をいや増していて、もう好きになるでしょう!

過去の伏線という起、ふたりが距離を縮める承、関係性が大きく変わる転を経て、物語は約束された結へ至ります。最後にひとつの謎が残されるのですが、ともあれ。

衒いのない運命がここにあります!


(「余韻ほろほろ」4選/文=高橋 剛)

コンビニ惣菜と酒缶を手に、その人は月を指して言った。

  • ★★★ Excellent!!!

休日の夜。したたかにバーで酒を飲んだ後、ひとりで二次会をと思い立ったヒロカワは公園へと向かう。しかし、そこには見ず知らずの先客・オオゾラがいて、どうやらいっしょに飲みたいらしく……かくて始まる月下のふたり飲み。他愛ない言葉を交わす中、唐突にオオゾラは言った。自分は月からやってきたのだと。

そんなふたりが無事(?)翌週に再会、お話は転がっていくわけですが。軸はヒロカワさんの、少々お酒と肴のお話多めながらも本当になんでもない日常なんですよ。そこにオオゾラさんというちょっと不思議な存在が加わることで、「なんでもない」が「なんでもなくない」時間へと塗り替えられていくんですね。けして派手な見せ場はないですが、ゆるやかに流れる川のごとく、いつまでも眺めていられる趣を感じさせてくれるのです。

物語的な緩急の緩を魅せるお話と、それを支えるSF(少し不思議)なキャラクター、味わいの二重をお楽しみください。


(「余韻ほろほろ」4選/文=高橋 剛)

果たし状はスケッチブック! 桜と立ち合い続ける描き手の記

  • ★★★ Excellent!!!

生まれたときから常に傍らにあった桜。その思い出を起点に今、様々な桜を見て回ってはその美と自らの感動を確かめ、描きとめるようになった田ノ倉 詩織氏の記録。

平成9年の春、「とある事情で」自由の身になった著者さんは、桜見旅をスタートします。その記録からなにより感じたのは、勝負の妙ですね。スケッチするために桜と向き合い、描くべき様を探る著者さんの心情は時に匠であり、時に幼子であったりもして、なんとも定まらないのです。

——人は相手によって有り様を変えるものですが、そうした対峙の機微が文章から染み出してくるのは、著者さんが眼前の桜の木と真摯に向き合っているから。剣ならぬ筆記具を構えた真剣勝負だからこそ、絞られた緊迫感が、澄んだ感動が、侘びた趣が醸し出されるのですよね。

そして端々に綴られる桜へ行き着くまでの忙しい小話や、描き終えた後に返り見る景色の風情がまた、読み物としてのアクセントになっていて味わい深いのです。

心ざわつく暑い夜にこそおすすめしたい一作です。


(「余韻ほろほろ」4選/文=高橋 剛)