まだ6月なのに暑い日が多いですねぇ。でも、いつものように仕事しに喫茶店へ向かう道中、5月にはちょろっとしているばかりだった田んぼの稲が青々と育ってしっかり立ち上がり、蛙の元気な声なんかも聞こえたりして、暑いのも悪くないなぁと思ったりしています。まだまだ世界は騒動のまっただ中ではありますが、健やかな営みもまた確かにあるのだーということを実感できるのはうれしいものですね。……そんなことを思わずにいられないお年頃(お年寄り)ってお話もありますけども。
今月は金のたまご! みなさまにぜひ出逢っていただきたい新作4本を選ばせていただいておりますよー。ぜひぜひ、みなさまのお目でそのバラエティなおもしろさをご堪能ください!

ピックアップ

恋愛の迷宮は深くて深くて深い——!

  • ★★★ Excellent!!!

下妻氏には彼女がいる。彼はいつもあれこれ考え、考慮し配慮し遠慮しつつ彼女と接しているのだが……大正解だったはずの選択はいつも大ハズレ。彼はまたその度にひとつずつ理不尽な真実を学んでいくのであった。

というわけで、下妻氏が彼女とのお付き合いの中で噛みしめる無情やら無常、その果てに得る小悟(あるいは諦念)を描き出したこちらの掌編集、ひと言で表すなら「あー」ですね。

そも、男子と女子は思考プロセスが異なるもので、同じ問題を解けど解答はズレるもの。しかも正解を片方が握っているとなれば、それはもう大変なことになるわけです。

下妻氏は当然、そういうことを弁えていますので、全力で合わせたりごまかしたりなんだりかんだりがんばるのですよ。そのがんばりの積み重ねが、彼女の理不尽(あくまで男子からすれば、です)でジェンガみたいに崩落する逆カタルシス! 涙なしには読めません。

コミカルだけれどとことん深い真・恋愛劇、ぜひご一読いただき、愛とはなんぞやを知っていただきたく!


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=高橋 剛)

俺の実在しない姉は最高だ! 魂の叫び交錯する男たちの戦場!

  • ★★★ Excellent!!!

理不尽な姉に追い立てられ、夜のコンビニへプリンを買いに行く中学2年生のユタカ。彼はその途中で怪しい男と出会い、外すことのできないリストバンドを腕に嵌められてしまう。

そして参加させられるのだ。『全日本イマジナリーお姉ちゃん選手権』とやらに!

選手権がなにかと言えば、ふたりの男が実在しない姉への萌えや自慢を語り合い、唯一無二の勝者を決めるトーナメント戦です。萌えない姉が実在するユタカ君ですが、なにやらすごい力を覚醒させ、ライバルたちと熱い死闘を繰り広げることに。そう、内容的には超王道の少年マンガなんですよ。

下手をすれば陳腐に堕ちる王道ですが、常軌を逸した姉萌えというネタを中心に据えることで、たまらないおもしろさと極上のカタルシスを生み出しているのですね。さらに言うなら、ユタカ君が姉萌えになりえないキャラだからこそ、さらに対比としてネタが輝いているのです。

ネタこそは力。小説の基本中の基本を味わわせてくれる最高にイカした一作です!


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=高橋 剛)

あの日を生き延びた剣士は過去に追いつかれ、相対する

  • ★★★ Excellent!!!

吉良邸にて赤穂浪士の討ち入りを迎え討った二刀流の剣士、清水一学。台所であっさりと討ち死したと伝えられる彼だったが、実は落ち延び、一生一学と名を変えて20年を生き抜いていた。が、そこへ赤穂浪士を名乗る人斬りが現れ、彼の隠遁生活を断ち斬る——!

主人公を一学さんに据えたのは実におもしろいですねぇ。記録と忠臣蔵歌舞伎とでかなり異なる人物像を持つ方ですし。このお話では歌舞伎や近代創作物で描かれた剣の達人である彼を採用しているのですが……その剣を起点にして、20年前の「因縁」がドラマチックな決闘へと繋がっていきます。

剣劇の描写がいいんですよ。挙動のひとつひとつが鮮やかに表現されていて、さらには間(ま)というものがしっかり感じられて。

そして流れ着くエンディングもまた、「忠義」というものを中心に据えた寂寥のロマンをほろほろと味わうことができるのです。

江戸という太平の世に在る剣士の儚さと強さ、じっくり噛みしめてくださいまし。


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=高橋 剛)

孫子とはなんぞや? さくっと理解できる超訳!

  • ★★★ Excellent!!!

中国春秋時代の武将にして軍事思想家である孫武が書き記した兵法書、孫子。それを現代人にもわかりやすいエッセイ形式で超訳した一作!

それこそ現代でも使われ続けている「彼を知り己を知れば百戦殆からず」等々、至言の宝庫な孫子ですが、こちらはそんな書をとにかくわかりやすく解き、説いたものとなります。

原文の引用も当然あるのですが、基本的にとっかかりから現代文で噛み砕いて丁寧に解説してくださるスタイルなので、読んでいて引っかかるところがないんですよ。

さらに要所要所で著者さんの見解が加えられることで、「現代人視点」が貫かれているのも注目ポイントです。古代の、しかも外国人である孫武さん視点の物言いを翻訳するだけだと、結局わけわからんことになりますから。著者さんの超訳者としての心配りが隅々まで効いているのがありがたくてうれしい!

孫子という書が説く兵法の妙と読み物としてのおもしろさ、この両立は一読の価値ありありです。


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=高橋 剛)