面白い作品とは何か? 定義は色々あると思いますが、内容に没頭できる作品、要するに読んでいる間に日々のしんどかったり、面倒くさかったりする様々なことを忘れさせてくれるものが面白い作品であるという意見に異論は出ないでしょう。
自分の場合レビュワーという立場で読んでいますので、そうやってのめり込むのは良くないのですが、今回選んだ4作品は仕事とかそういったことを忘れてつい没頭してしまいました。おかげで2度読みすることに……。というわけで皆様も是非是非お楽しみください。
入学式の日、新たに高校生になった4人の男子は登校途中に怪談「40発弾倉のリボルバー」に巻き込まれる。
それは新クラスの40人の生徒のうち誰か一人が正体不明の銃弾で頭を撃ち抜かれるという怪談。この奇妙な怪奇現象のターゲットに選ばれてしまった4人――永露尚人、速山光汰、礼沢塔哉、サドン崎デス男……果たして凶弾に倒れるのは他のクラスメートか、それともこの中の誰かなのか……。
……僕はホラーとかあんまり詳しくないんで自信はないんですが、誰とは言わないけど、何か一人だけ明らかに絶対死にそうな名前の奴がいますね……。
いや、もうこれタダの出落ちじゃん! そう言いたくなる気持ちはわかるが、実際読んでみるとタダの出落ちじゃないのだ。まずサドン崎の絶妙なウザさを浮き彫りにする会話のセンス。こんなふざけた名前のくせにこういう一人はいたなと感じさせるさじ加減が本当に上手くて、気づけばサドン崎という名前にも違和感を覚えなくなるレベルになるから凄い。
それに突然死ぬのではなく見えない銃で撃たれる「40発弾倉のリボルバー」という設定によって、音を使って死の恐怖を煽る独特の演出。そして終盤で次々畳み掛けるどんでん返しの連続。キャラクターの名前から設定やストーリーに至るまでセンスの塊という感じの新感覚なホラーだ。
「◆第一の怪談 40発弾倉のリボルバー」はきっちり完結しているが、是非この調子で第二、第三の怪談も読んでみたい!
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)
ある日帰宅途中にラディカンスペルクと遭遇した吉川善一。突然の出会いに狼狽する彼だが、結局吉川は言われるがままラディカンスペルクを家に上げ、リリアーヌと名前をつけてそのまま暮らすことに。
ラディカンスペルクとは何かと言われればラディカンスペルクとしか言いようがないのだが、強いて言うならば名状しがたい知的宇宙生命体である。
というわけで、本作はラディカンスペルクと人類の同棲ものである。最近のラブコメでも流行りつつあるジャンルだ。最初はラディカンスペルクと一緒に映画を見たり、料理を作ってもらったりとほっこりする日常が描かれていくのだが、だんだんラディカンスペルクの強大な力を使えば色々なことができると吉川が気付いてからが話の本番。
社会的にそういうことをしてしまうのはどうなんだという展開も通過した上で、物語は意外な結末へと突入する。
しかし、触手や繊毛が生えていて口や目がいっぱいあるらしいラディカンスペルクだが、その独特の思考法も相まって、読んでいる内に非常にキュートで可愛らしい生物に思えてくるから実に不思議である。吉川による「リリアーヌはぐろぐろと美術館めいた猛笑を浮かべた。」みたいな意味が分かるようであんまりわからない独特の比喩表現も実にいい味を出していて、ラディカンスペルクの可愛さにますます拍車をかけていて素敵だ。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)
辺境伯の妻を選ぶために開かれたパーティー。そこに集まりしは才色兼備の9人の令嬢。そして今宵参加者に与えられる試練、それは――最後の一人になるまで生き残ること……!
というわけで狂気の辺境伯によって開催される狂乱の宴。参加者はどうも悪役令嬢っぽい人ばかりで、メインヒロインらしき人が見当たらないですね……。彼女らの命を狙うのは容赦なく作動するトラップ! 不気味な怪人たち! 麻薬が生んだ生ける屍! そして他の悪役令嬢!!
皆悪役令嬢といっても、自分だけは生き残ろうとする者、周りと協力しようとする者、積極的に殺し合おうとする者、容赦なく頭を吹き飛ばされる者とその対応は千差万別。
窮地の時に信じられるものを持ち込んで良いと言われて日本刀を持ってくる武闘派令嬢から、従者はものであると言い張って自分の執事を同伴させるとんちの効いた令嬢など、実に多彩なメンツが揃う中で生き残るのは誰なのか?
作者がB級ホラーを意識しているらしく、細かいところでオマージュを捧げつつサクサク令嬢が死んで物語が非常にテンポよく進むのも良い。
悪役令嬢好きだけではなく、ホラーやデスゲーム系が好きな人は是非。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)
月面基地で調査と探索を行うマイ。生活態度がだらしない相棒のユアと共に調査を続ける中で彼女はある奇妙な立方体を発見する。それは人の意識を過去に戻す力を持った物質で……。
月面という舞台設定に、過去に戻れるというガジェット、二人の関係性……一歩間違えれば過剰になりそうなこれらの三つの要素を全て無駄なく使って、短編として綺麗に収める手腕がお見事。
すれ違いが続く日々の中でようやくわかり合えたと思ったのに、自分たちが過去に戻れると知ったときの二人の反応の違いが実に残酷。この落差が巨大な位置エネルギーとなって二人は衝突するわけです。最高ですね。
また月面で仕事をするにはユアはあまりにルーズで、最初はちょっととまどうのですが、あとになってそういう意味があったのかとつい驚かされます。
伏線の張り方からストーリーの構成まで技巧に長けた作品であり、百合に興味がないという人も一読の価値ありな作品です。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)