未ッ知未知(ミッチミチ)

緋色 刹那

「」

 バス停のベンチに先客がいた。小学生くらいの女の子が、古めかしい布で包んだ小箱をひざの上に乗せている。


 私は一つ開けて、となりに座った。


 バスが来るまで時間がある。本でも読もうかと、カバンを漁っていると


 どこからか


「ミチィ……ミチィ……」


 と音がした。


 気味の悪い音だった。

 それはハンバーグを作るときにひき肉をこねるような音。あるいは、大量の衣類を詰め込まれたキャリーケースが悲鳴を上げる音。


 おもわず手を止め、耳をすます。音は、女の子がひざの上に乗せている小箱から聞こえた。


「……」


 無意識に、小箱を凝視していたらしい。女の子と目が合った。


「見る?」


「えっ?」


 何を?


 聞き返す前に、女の子は小箱を包んでいた布を取った。音が布越しではなくなり、ハッキリと聞こえた。


「ミチィ……ミチィ……」


 透明な立方体だった。透明なだけに、中に何が入っているのか、よく見えた。


 小箱の中には、無数の"生き物"が詰まっていた。互いに「ミチィ……ミチィ……」と圧迫し合い、原型を留めていない。


 女の子が布を取った瞬間、"生き物"たちの目玉が、一斉に私を見た。


 未知の物体。そう呼ばざるを得ない。恐怖で戦慄し、悲鳴を上げることすら憚れる。


 ありきたりな疑問が、嘆息と共に肺からこぼれた。


「それ、なに?」


「未知の匣。未知子みちこが知らない・分からない・理解できない・不思議なものをたくさん詰め込む箱なの。

 私、未知の存在って大好き。だから、大好きな未知の存在を、箱にしまっているの」


 女の子は箱に詰まっている"生き物"を、順に指差した。


「これは川原に落ちてた、きれいな石。これは道端に咲いていた、名前の知らない花」


「これは神社で見つけた藁人形。これはゴミ捨て場にあった、お腹の裂けたぬいぐるみ」


「これは私をさらおうとした宇宙人。これは私の血を吸おうとしたチュパカブラ」


「これはお父さんとお母さん。これは同じクラスのミカちゃんとチカちゃん」


 ひとしきり紹介し終えると、女の子は私を見上げ、不気味に笑った。


「あなたはどんな人? 教えて」


 しまった。


 この子はの「未知子ちゃん」だ。こんな夜更けに、バス停のベンチに子供が座っているなんておかしいと、もっと早く違和感を持つべきだった。


 未知子ちゃんは「未知」のものを好む怪異である。気に入った「未知」を箱に詰め、コレクションとして愛でる。少しでも興味を持たれてしまったが最後、コレクションに加えられる。


 さいわい、対処方法は知っていた。自分がどんな人間なのか、包み隠さず明かしてしまえばいい。

 そうすれば、未知子ちゃんにとって、私は「未知の存在」ではなくなり、興味を失う……はず。


 私はプライバシーだの個人情報の保護だのを一切無視し、見知らぬ少女に堂々と自己紹介した。


「私は田中太郎。入社二年目の会社員です。◯◯県◯◯町出身で、誕生日は×年××月××日生まれの△歳で、おうし座。血液型は◇。家族は両親と妹が一人。最終学歴は☆☆大学。友人は……」


 どれくらい語っただろうか。遠目に、バスのライトが見えた。


 ホッと息をつく。


「それじゃあ、私はこれで」


 ベンチから腰を上げた瞬間、未知子ちゃんが私の袖をつかんだ。その目は興味津々とばかりに、らんらんと輝いていた。


「田中太郎? 今どき、珍しい名前ね」


「そ、そうかな?」


 まずい、偽名を使ったのが裏目に出た。


 ありきたりな名前のほうが興味を持たれないと思ったのに、ありきたり過ぎてかえって興味を持たれてしまった!


「それに、私が質問する前に全部答えちゃった。お芝居のセリフみたいに。私が何を質問するのか知っていたの?」


「ッ!」


「不思議だわ。分からないわ。理解できないわ。知りたいわ。あなたって、そう……」


 バスが停まる。ドアが開く。車内から光が漏れ、私達を照らす。


 なりふり構わず駆け込もうとした私の袖を、未知子ちゃんは子供とは思えない腕力で引っ張った。


「……とっても、未知の存在よね」


「うわぁぁぁーーー!!!」


 吸い込まれるように、箱の中へ沈む。たちまち、先客たちに「ミチィ……ミチィ……」と押しつぶされ、「私」は原型を失った。


 未知子ちゃんは箱を布で包むと、バスに乗った。布越しに、バスの発車音が聞こえた。



 ……こうして、私も「未知」の一部になったのです。



〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未ッ知未知(ミッチミチ) 緋色 刹那 @kodiacbear

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画