青森県八戸市でミイラを見たというエッセイ

真白透夜@山羊座文学

青森県八戸市とエジプト

 一生に一度は行った方がよい場所はどこですか?の問いに、「エジプト」と、隣に座っていたツアーコンダクターは答えた。イタリア旅行中の空港のベンチで私はエジプトに思いを馳せた。ピラミッドは幾度もテレビで見ている。それでもやっぱり、直に見た方が良いのだろうか。「他の遺産とはレベルが違いますよ」と言う。旅慣れた彼女が推すのだから間違いない。でも結局、砂と石でしょう?なんて、思ってしまうのが私という人間。それでもこんな十年前の話を覚えているのだから、私の心のどこかにエジプトの風は吹いた。


 ひょんなことから、青森旅行が決まった。にんにくが名産の田子町にゆく。なんで田子を知っているのと言われて、「中学の同期生に田子君ていてね、青森出身なのか?いや、そうじゃないって話になって。にんにく好きか?とかそんな話が出たことがあってね」と答えた。よく覚えているもんだ。田子君は元気だろうか。


 田子町はなかなかにディープだった。案山子の頭がにんにくデザイン。街灯やレストランの灯りの傘がにんにくデザイン。にんにくソフトクリームも三段重ねのにんにくフォルムというこだわりよう。


「こういうところがね、他県はうまいよ。映え、っていうか」


 岩手は真っ直ぐすぎるんだ。そして観光地が遠すぎる。宮沢賢治は花巻市、石川啄木は盛岡市渋民と真逆の位置。平泉はまた別。遠野もまた別。海も遠い。文学も歴史も海も山も温泉もスキー場も異界の入り口あるけど、みんなそれぞれ遠い。そしてなんかありのままドーンで、他県でよく見るふざけた面白さが足りない。まあそれが県民性かなとも思うけど。


 田子で散々にんにくを摂取し、八戸市へゆく。横丁めぐりが目的だったが、早めについたので美術館にでも行こうとなった。すると偶然にもエジプト展。しかもこれ、日本唯一の古代エジプト専門美術館「古代エジプト美術館 渋谷」のコレクションだという。実は、東京旅行したときに行って見たかったのだよ。向こうからこちらに近づいてくれたのだからありがたや。やはり混んでました。


 まあまあ展示品をみていくわけだが、こちらはなんら教養もないため、ふむふむと見ていくだけだ。やっぱり、現地感があるかは大きい。イタリアのポンペイの遺跡を見てから博物館に行ったときは良かったから。


 せっかくのエジプトなのにすみませんねぇ、という気持ちを抱きながら、最終のスペースへ。あ、アレは。人型木棺。ほら、よく見るやつ。ミイラ入ってるアレだよ。まず、木なのに腐ってないのすごい。絵が細かい。いい仕事してますね。へぇぇ、と見ていく。あと、基本的に絵が可愛いよね。


 そして壁際にそっと、少女のミイラが。へー……と見る。ミイラだよ、ミイラ。テレビでよく見るやつ。よく見るか? フィクションでよく見るやつ。黒くて、普通に眠っているようでした。鼻だけない。せっかくだからじっとみるんですけど、じわじわと、「あれ、これ人間の首だよな」と思い始める。人間の頭だけ置いてある。鼻から脳を取り出された、人間の乾燥したガワを見ている。私と同じ人間なんだけれども、なんとも思わないのは何なんだろうか。人種が違うから? 時代が違うから? もしこれが、自分の母親なら? うーん、逆に笑ってしまうな。母、どうしたよ?って。家族なら? ミイラになった理由によるかな。ポジティブな理由なら、むしろ歓迎じゃね?


 隣に立つ若いお母さんが、解説を噛み砕いて子どもに教えている。偉いお母さんだな。そしてまた少女のミイラを眺めてみる。まとめられた髪の筋がきれいに残っていた。さっきのお母さんの髪の陰と相違ない。嗚呼、やっぱり我々は同じ人間だったのだ。


 髪は、なかなか自然に還らないんだよ。だから排水溝も詰まる。髪が焼ける臭いは独特。


 これもまた、いつの知識か。切られた髪には、ある日あの時の呼吸が刻まれているのかもしれない。




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