尾崎硝

  遠足が終わって、みんなが帰ろうとする中、私は一人で由比ヶ浜駅に向かう電車に乗った。高校一年の夏。修学旅行の練習として行われた鎌倉遠足、私は仲の良いクラスメイトと班を組んで江ノ島や小町通りを回って楽しんだ。しかし海に行く時間はなかった。夕日が沈もうとしている。早く行かなければ暗くなってしまう。私は駅を降りた後、走って坂道を下っていった。浜辺の前の道路、最後の横断歩道。私ははやる気持ちを抑えながら足踏みをしていた。信号が青になる。私は急いで道路を横切って、浜辺につながる階段を降りた。はは、海だ。久しぶりの浜辺だ。私は浜辺を走りながら波打ち際に向かっていった。水が砂に擦れる音がする。私は沈もうとしている夕陽を眺めてただ立っていた。周りで他の観光客がはしゃいでいる。私は誰にも見られないように、こっそりとリュックから小さなの布袋を取り出した。しゃがんで、迫ってくる水に向かって白い粉を流す。私は小さい頃、父親と江ノ島の近くで釣りをした記憶を思い出していた。父親はアウトドア派であるがインドア派の母とは相性が悪く、いつも一人で釣りに行くのが寂しいからと、姉妹で一番小さかった私をよく海へ連れて行くのだ。最初に海へ行ったのは六歳の頃。千葉県の海沿いで父親が握っている竿に手を添えながら初めて小さなアジを釣った。初めて見る切り身ではない魚に私は最初恐怖を感じた。しかし、触るとポロポロと鱗が取れる様子を見てだんだん面白くなっていった。それから毎年夏休みには父と海釣りへ行くのだ。しかし、そんな日々も長くは続かなかった。父と母の溝は次第に深くなり、最終的に離婚することになったのだ。私は姉たちと離れたくなくて、母親について行くことにした。それから数年後。父は引っ越し先のマンションで首を吊っていたらしい。孤独に耐えられなかったのだろう。

 今日、私は罪滅ぼしのために少しだけ遺骨を拝借してここに来た。思えば、昔から父は孤独を感じていたのかもしれない。だから私を何度も連れていって、少しでも気持ちを繋ぎ止めようとしたのかも。しかし私は父の気持ちに気づくことができなかった。流れて行く骨粉が波にさらわれて沖に連れてかれる。父は死んでも一人だった。

だから本当の最後くらい私と一緒に海に行こうと思ったのだ。これを聞いたら母たちは眉をしかませるかも。全ての骨を流したあと、私は身を翻して駅へ向かった。私と父の思い出はいつも内緒だった、だから今日も誰にも話さない。私は暗くなった坂道をゆっくりと戻って、遠くなっていく細波の音を心に響かせるのだった。

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尾崎硝 @Thessaloniki_304

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