きみと見た流れ星は、ずっと消えない

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きみと見た流れ星は、ずっと消えない

 夜の森は、ひっそりとした静けさに包まれていた。

 秋の少し肌寒い空気の中、小さなキャンプ場の片隅で、三人は焚き火を囲んで座っている。


 パチパチと薪が弾ける音と、頬をかすめるやわらかな風。

 冷たい空気の中で、焚き火の赤いぬくもりが胸の奥までじんわりと広がっていく。


「寒いけど……火の音って、なんだか落ち着くよね」

「うん、わかる。こうしてると、心がほっとする」


 三人の笑顔は、焚き火の明かりに照らされて、

 この夜を優しく包み込んでいた。


「……こうして自然の中で過ごすなんて、久しぶりだなぁ」

 頬にかかったピンクの髪を耳にかけながら、結衣がふわりと微笑む。

 おっとりとした声に、そばにいた美咲がにかっと笑った。


「でしょ? 思いきって誘ってよかったよぉ! ね、千紗!」

 黒髪をポニーテールにまとめた美咲は、この三人を今回のキャンプへ誘った張本人。

 じっと焚き火を見つめていた千紗は、少しだけ肩をすくめて小さく笑った。


「……うん。あんまり、お出掛けとか得意じゃないけど……でも、ふたりと一緒なら、いっぱいしたい」

 彼女はメガネを軽く直しながら、焚き火の温かさに目を細める。

 読書好きで本来はインドア派な千紗も、こうして外に出るのは、

 ふたりが誘ってくれるからこそだった。


「わたしも、来てよかったなぁ」

 結衣は、火の揺らぎを見つめながらつぶやく。

 大好きな自然に囲まれて、大切な友達と過ごす時間──

 それは、胸の奥にじんわり染みわたるような幸福だった。


 三人の笑顔は、焚き火の明かりに照らされて、この夜を優しく包み込んでいた。


「ねぇ、美咲。どうして急にキャンプだったの?」

 ふと結衣が問いかけると、美咲はにこっと笑って肩をすくめた。


「だってさ──楽しそうじゃん!」

 焚き火の火花が弾けるたび、彼女のポニーテールの髪がちらちら揺れる。

「でもね、それだけじゃなくて……」と少し声を落とした。


「私ね、二人との思い出を、もっともっとたくさん作りたいの」


 その言葉に、結衣と千紗は顔を見合わせる。

 美咲は小枝をくるくる指で転がしながら、ぽつりと言葉を紡いだ。


「時間って、あっという間に過ぎていくでしょ? 同じ日はもう戻ってこないし……誕生日を迎えるたびに、あぁ前に進んでるんだなって思うんだ」


 その静かな想いに、千紗がメガネの奥で目を伏せる。

「……わかるよ、美咲ちゃん。本を読んでるとね、どんなに大事な物語でも……必ず最後のページがくるから」


「でしょ?」

 美咲は焚き火の光を映した瞳で、ふたりを見つめる。

「だからさ──もっとたくさん、二人と仲良くしたいって思ったの! ……だって、親友だもん!」


「……っ、美咲ぃ〜〜!泣かせないでよぉ〜〜!」

 結衣が鼻をすすりながら、涙を手の甲で拭った。


「もう、結衣ったら涙もろいんだから〜」

 美咲が笑うと、千紗もくすりと口元を押さえた。

「私もね……美咲ちゃんの気持ち、わかる。いつか……私たちの思い出を、一冊の本にまとめられたらいいな、なんて」


「ち、千紗ぁ〜〜〜〜!」

「あぁ〜もう結衣ってば泣きすぎ〜〜!」

 また結衣が「だって〜〜」と泣き出し、三人は顔を見合わせて笑った。

 焚き火のはぜる音と、笑い声が夜の森に溶けていく。


 ──そのとき。


「……あれ?」

 美咲がふいに空を見上げ、息を呑んだ。


「どうしたの?」

 千紗が首をかしげ、結衣も目を瞬かせる。

 美咲は小さな声で言った。


「いま……流れ星が、ひとつ」


 その言葉に導かれるように、三人は一斉に夜空を仰ぐ。

 深い闇をたゆたうように、ぽつ……とひとつ、星が尾を引いた。

「あっ!ほら、また……あれ?」


 そして、もうひとつ。

 ぽつ……ぽつ……

 夜の帳に光の雫が溶けていく。


 やがて──


 次の瞬間、夜空そのものが息を呑んだ。

 まるで星々が合図をしたかのように、

 無数の光が一斉に駆け出す。


 流れ星は雨となり、

 銀色の粒子が幾千もの弧を描きながら夜を横切る。

 その軌跡は、三人を祝福するかのようにきらめき、

 まるで世界ごと願いを乗せて走り去っていくみたいだった。


「──わぁぁ……っ!」


 三人の声が重なり、胸の奥でなにかがそっと弾ける。


 焚き火の音も、虫の声も、時の流れさえ止まったかのようで──

 いまだけは、永遠に続く夢の中にいるようだった。


 胸が高鳴る。言葉にできない感情が、ただあふれてくる。


「ねぇねぇ、願い事しなきゃ!」

 結衣が夜空を眺めながら言う。


「三回も唱えられるかな?」

「大丈夫だよ!」美咲は両手を夜空に広げて、はしゃぐ声で言った。


「だって、こぉ〜んなにいっぱいなんだよ〜!

 願い事、ぜんぶ叶っちゃうよ〜!」


 千紗が表情をときめかせながら笑うと、結衣は小さく拳を握って叫んだ。


「わたしはね……ずっと、みんなで笑ってたい!」


 千紗も頬を染めて、そっと続ける。

「わたしは……来年も、再来年も、こうして一緒にいたい」


 結衣が美咲の顔を覗き込み、「美咲は?」と尋ねる。

 千紗もマグカップを握る手をぎゅっとさせて、期待の眼差しを向けた。


 美咲はそんな二人を見つめて、唇を尖らせてみせた。

「え〜? わたしの願いは……ひみつっー!」


「え〜ずるい!」と声を上げる二人をよそに、美咲は焚き火に照らされた頬を少しだけ赤くした。

 そして、誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。


 ──「……ふたりの願いが、ずっと叶いますように」


 笑い合う声が、ひんやりとした夜の空気に溶けていく。


 流れ星はまだ、いくつも夜空を駆け抜けていた。

 その淡い光に包まれるように、三人の横顔がきらめく。


 ふと、誰からともなく手を差し出した。

 そっと繋がれた指先から、胸の奥まであたたかさが広がっていく。


 結衣が、星明かりを見上げながら小さく微笑む。

「……また来ようね」


 千紗はうなずき、握る手に少しだけ力を込めて。

「うん、また来よう」


 美咲が、涙をこらえるように目を細めて。

「三人で一緒に来よう。絶対に」


 焚き火の火の粉がふわりと舞い、

 その小さな約束を、夜空がそっと抱きしめるようだった。


 星々はまるで、彼女たちの願いを祝福するように瞬き続ける。

 この夜が、ずっと終わらないかのように──。

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