第10話

蒼が下げた頭のつむじが見える。

そういえば、高校のときも向日葵の種が欲しいと言ったとき、こうやって頭をさげていたっけ。


僕はそのつむじを指で押した。


すると、蒼はぱっと顔をあげた。 


「いいよ。僕だって蒼を悩ませたんだ。それに、なんていうか。『好き』だなんて夢じゃないかって思ってしまう自分がいて」


と言ったあと、目があった。そして、ふわっとやわらかい笑みを浮かべた。


――やっぱり、好きだ。


僕を包み込むような笑み。この眼差しがまた見られるなんて。


「送っていく。駅まででいい?」


「あ、うん」


僕と蒼は、家をでて車に乗った。


「夕飯どっかで食べてく?」


近くの駅は閑散としていてなにもないけれど、少し車で市街地まで走ればファミレスや居酒屋はある。もうすぐ十八時になろうというころ。

僕が運転しながら聞いた。


「いや、今日は帰るよ。荷造りもあるから」


「え?」


「引越しをね」


そうか。仕事を辞めたって言っていたし、こっちにもどってくるのかも。


「実家にもどるの?」


「もどらない。というか、兄夫婦がいてもどりにくいっていうか。先月赤ちゃんも生まれてさ。俺、おじさんだぜ。そんなわけで、こっちでアパートを借りる予定。今日、実はその下見をしてきたんだ」


「……でも、田舎よりも蒼が住んでいるところのほうが、就職しやすいんじゃないの?」


「そんなの決まってるじゃないか。千昌のそばにいたいから。すぐに会いに行ける距離にいたいの」


「えっ」


「それと、地域振興に興味があって。俺、会社辞める前はマーケティングの部署にいたんだ。それで、なにかできないかなって。地域が活性化したら、遠回しにだけど、千昌の力になれないかなって思ってさ」


「なんか、蒼らしいね。この間会ったときは疲れた顔してたし、今日は会社を辞めたって聞いて、気にかかってたんだけど安心した」


「今日さ、千昌んとこに来たとき、窓から向日葵見えたんだよ。高校のときのこと思い出してさ。そういえば、高校のとき地域振興に興味があって調べていたのを思い出したんだ」


「いいんじゃない」


「だろ」


運転をしながら、家の庭に植えている向日葵を思い出した。


もうすぐ夏本番。

きっと、今年も大輪の花を咲かすだろう。


初めて会ったときの蒼を思い出した。

あの時は、こんなに好きになるなんて思ってもみなかった。

人気者で、憧れていた蒼が、好きだと言った。


もう、駅に着いた。

「じゃあ」と言って蒼が車のドアハンドルに手をかけた。

行ってしまう。

これでいい? 戸惑って、疑って。何年も僕の告白を真剣に考えて、答えをだしにきてくれたのに。これでいい訳がない。


「待って」

僕はとっさに蒼の袖を掴んだ。


蒼は、少し驚いた顔で僕を見た。


「恋い焦がれることに慣れちゃってて、好かれることには慣れてないんだ。蒼の言ったことほんと嬉しいから。だから、今日はこれで勘弁して」


僕は、ありったけの勇気を振り絞って、蒼の手をぎゅっと握った。

心臓が破裂しそうだ。

蒼がどんな顔をしているのかわからない。

僕は目をぎゅっとつぶっていたから。


「あのさ。やっぱり、保留って言ったのなしでいい?」


そう言いながら、僕が握手のように手を握っていたのを、恋人繋ぎに変えた。


「そりゃあ千昌は六年も待っててくれたんだもんな。俺も気長に待つさ。でも、やっぱり、ぎゅってしたくなるようなことをする千昌が悪い」


「え、なにそれ?」


「また、連絡する」


蒼はいたずらっ子がなにか悪だくみをしているときのような笑みを向けたあと、僕の手の甲に軽く口づけをして、車から降りてドアを閉めた。


蒼は笑顔で手をふり、駅の改札へと向かって行くのに、僕はといえば、他の人から見れば、茹で蛸のようになっているんじゃないだろうかっていうほどに熱い。



「この先、僕の心臓、もつかな」


ぼそっとつぶやきながら、しばらく顔の火照りと早鐘のように脈打つ鼓動が収まるのを待った。


でも、すでに隣の温もりが恋しくなっていた。


帰ったら電話をしよう。

それから……。

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蒼と向日葵 立樹 @llias

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