第7話 ギルハ 下
報復が決行される23時。
ミヤコは、携帯のナビを頼りに、舞台となる廃工場へとたどり着いた。
工場の駐車場は開放されており、すでに一台のトラックと二台の乗用車が停まっている。
薄汚れた工場の窓からは、わずかに灯りが漏れていた。
── 中に、あの「ギルハ」の人間たちがいるのだろう。
得体の知れない集団の元へ、一人で入っていく不安はあった。
だが、それ以上に、夫と娘をあんな目に遭わせた撮影者への怒りと殺意のほうが、遥かに大きかった。
── 私はどうなってもいい。ただ、あの動画を撮った人間だけは、絶対に許せない。
ミヤコは決意を固め、恐る恐る車を降りて工場の中へと歩を進めた。
「お待ちしておりました。……こちらへどうぞ」
工場の入り口内で、待機していたらしき人物が声をかけてきた。
「ひっ……!」
思わずミヤコは声を漏らす。
その男は、リアルな質感で作られた“ブタの被り物”をしていたのだ。
しかも、ボイスチェンジャーを内蔵しているのか、声は不気味な機械音声になっている。
「驚かせてすみません。……素顔を晒すわけにはいかないので、マスクを被っています」
「は……はい……」
「それと、申し訳ありませんが……あなたにも、マスクを被っていただきます」
そう言って男は、リアルなウサギの顔を模した被り物を差し出した。
「これを……?」
「はい。……あなたも、素顔のままでいるわけにはいきません」
「……?」
「理由は、すぐにわかります。……さあ、こちらへ。
この奥の部屋に、あの動画を撮影した“外道”がいます」
ミヤコがウサギの被り物を装着すると、ブタマスクの男は彼女を工場の奥へと案内する。
かつて加工場として使われていたらしい一室。
重厚な引き戸がギィ……と軋む音を立てて開かれると、中には部屋一面にブルーシートが敷かれ、まばゆい照明とモニター、撮影機材が並んでいた。
中央には、鉄製の椅子に手足を拘束された一人の男。
その左右には、ウシのマスクとニワトリのマスクを被った男がそれぞれ立っていた。
「あの拘束椅子に座っているのが、例の動画を配布していたアカウントの主です」
「……あの、気弱そうな……?」
拘束された男は、黒髪のマッシュヘアに丸メガネ、小柄で猫背。
一見すると、気が弱そうな青年だった。
「見た目に騙されてはいけません。あれは、人の心を持たないクズです。
……情をかけてはいけません」
「……はい……」
「彼はあなたの家の近所に住み、職にも就かず、創作で生計を立てようとしていました
── それ自体は構いません。しかし、その結果が“あの動画”です」
ミヤコは無言で頷いた。
「彼のような人間に、生きる価値はありません。
そして――あなたにとって大切な人を見殺しにし、晒し者にした罪は、決して許されるものではありません」
「……“報い”とは、具体的に……」
「この場で、彼に極限の苦痛を与え、“処刑”します」
「……え……!?」
「その様子は、闇サイト上でライブ中継されます。
── 今から、彼に“罰”を与えていただきます」
「……っ!? そ、そんな……」
── 苦痛を与えて、殺す
ミヤコの頭が真っ白になる。
まさか、拷問殺人をライブ配信するなどと、想像もしていなかった。
「ま、待って……本当に……?」
だが、ギルハの面々はミヤコの困惑など意に介さず、すでに準備を進めていた。
「さあ、配信をご覧の皆様!
今宵、“ギルハ”による極刑に処されるのは、こちらの青年!
彼は、事故で瀕死になった父娘を笑いながら辱め、見殺しにし、その様子を動画に収めてSNSで配布していた── まさに外道! 存在してはならぬ悪意の化身です!」
カメラの前で、青年は恐怖に震え、顔を必死に伏せている。
すると、左に立っていたウシのマスクの男が、青年の髪を掴んで強引に顔を引き上げた。
青年の顔には、鼻水と涙が流れ、蒼白になった表情が浮かんでいた。
「さて、視聴者の皆様! この男に与える苦痛、どんなものがふさわしいでしょう!?
コメント欄にて、アイデアをお待ちしています!」
ミヤコはおそるおそる、パソコンのモニターを覗き込む。
画面には、青年の姿が映し出され、弾幕のようなコメントが次々と流れていた。
「足の指を潰せ!」
「眼球を抉れ!」
「耳と鼻を削げ!」
「爪を剥いでやれ!」
「ハンマーで歯を砕こう」
画面には、無数の暴力的リクエストが飛び交い──
その中心で、青年は絶望と恐怖に打ち震えていた。
ミヤコは、この異様な空間に思わず息を呑む。
「あ、あの……私は、そこまでのことは……」
おそるおそるブタマスクの男に声をかける。
だが──
「ミヤコさん……この雰囲気に、最初は恐怖を感じるでしょう。
── でも、あなたは“鬼”にならなければならない。
ご主人と娘さんの顔を思い出してください」
「……でも……」
「まずは、私が見本をお見せしましょう。
── あなたは、そこで見ていてください」
そう言ったブタマスクは、そばのキャスター付きワゴンから一振りのハンマーを手に取ると、無言で青年の前へと歩いていった。
「視聴者の皆様、ご意見ありがとうございます!
── やはり最初から口を使えなくするのは勿体ないですね。
まずは、足の指から潰していくことにしましょう!」
ブタマスクの男はハンマーを手に、青年の足元へと歩み寄る。
しゃがみこみ、ゆっくりとハンマーを振り上げた。
「ひゃぁぁ! ひゃぁぁ! たしゅけて! たしゅけてぇえ!」
青年は鼻水と涙を垂らしながら、必死に命乞いをする。
だがブタマスクは、冷たくひとことだけ吐き捨てた。
「── 黙れ。」
そして、迷いの欠片もなくハンマーを振り下ろした。
カーンッ!!
乾いた金属音が、工場内に響き渡る。
青年の左足の小指が、無残にも潰れた。
「いだっ! いだいぃーーー!!」
椅子がガタガタと揺れる。
青年は激痛に身をよじり、喉を引き裂くような悲鳴を上げる。
その姿が中継画面に映し出され、コメント欄には狂気じみた声が殺到した。
「おー! 痛い痛い!」
「ざまぁwww」
「鼻水きったねーwww」
ミヤコは、その異常すぎる光景に息を呑む。
全身が震え、脂汗がにじむ。
だが、拷問は止まらない。
ブタマスクは次に、右足の小指へ──
カーン!
「ぎひぃーー!!」
青年の絶叫はさらに激しくなる。
「さて! 視聴者の皆様、お次のメニューは“耳”です!
── この青年の耳を、削ぎ落としましょう!」
観客のコメントはさらにヒートアップしていく。
「行けー!」
「やっちまえー!」
「もっとやれー!」
今度は、ニワトリのマスクを被った男が前へ出る。
「ただ切り落とすのでは、面白くありませんからね……
ここは、我らが最強の握力を誇る“ニワトリさん”に
── 素手で耳を引きちぎってもらいましょう!」
「ひっ……! やだ……! たしゅけてぇ……!」
「……その前に、邪魔な前髪を片付けましょうか」
ニワトリマスクが青年の髪をムンズと鷲掴みにする。
そして、ブチブチッ……!と音を立てながら無造作に引き抜いていく。
「あひっ! いだっ! やめでぇ! ゆるじでぇ!」
床には髪の毛が散乱し、青年はまるで斑の病人のように禿げ上がった。
そして──
ニワトリマスクが、青年の耳をつまみ上げ──
ブチィ!!
「ああああぁーーー!! いだいぃーー!! オレの耳がぁぁ!!」
引きちぎられた両耳を、ニワトリマスクはカメラに掲げて見せつける。
コメント欄には絶叫と歓喜が入り混じった文字の洪水が流れ続けていた。
その地獄絵図に、ミヤコは言葉を失う。
ただ、震える体を支えることしかできない。
しかし、ブタマスクは唐突に拷問を一時中断し、青年に問いかけた。
「さて……。君が受けた苦痛は、まだ“序章”に過ぎない。
ここでひとつだけ、聞いておきたい」
「うひぃ……ゆるじでくだしゃい……」
「ダメだ。── 質問に、正直に答えろ。
ウソをつけば、もっと痛い目を見ることになる」
「う……ひぃ……」
「君は、あの動画を撮影していたとき──
瀕死の父娘を見て、笑っていたな。
……何が可笑しかった? なぜ笑っていた?」
青年は、怯えた目でミヤコとブタマスクを交互に見た。
涙と血にまみれた顔で、ようやく声を絞り出す。
「……それは、その……お父さんが
……芋虫、みたいだったから……です」
「芋虫……?」
「はい……。手足が変な方向に曲がってて、這ってたから……。
それが、可笑しくて……つい、笑ってしまったんです……」
ミヤコの中で、怒りが爆ぜた。
マスク越しでも、明らかに体が震えている。
そんな彼女を見たブタマスクが、青年へと続ける。
「よし。正直に答えた君に、“チャンス”を与えよう」
「……チャンス?」
「そう。ある条件を飲めば、この拷問から君を助けてやってもいい」
「!! 本当ですか!? なんでもします! 助けてください!」
「その条件とは――君の両親を“身代わり”にすることだ」
「……え……?」
「君の両親をここに連れてきて、君の代わりに拷問を受けてもらう。
それで良ければ、君は助かる。どうだ?」
ミヤコは、怒りと嫌悪で身を震わせる。
……が、青年の口から飛び出したのは──
「はい! それで構いません!
両親を連れてきてください! 助けてください、お願いします!」
「本当にいいのか? 君の両親が死ぬことになる。
それでも構わないのか?」
「はい! 構いません! 僕は生きたいんです……!」
ブタマスクは立ち上がった。
── そして、ミヤコのほうへゆっくりと顔を向けた。
「――聞きましたか、ウサギさん。
これが、この男の“本性”です。
自分が助かるためなら、両親さえ差し出す。
人間の形をした、“腐れ外道”ですよ」
「……!」
「── 残念だが、青年よ。
君はやはり、生きていてはならない存在だ。
君はその罪を苦しみの中で償い、死ななければならない。」
「……は? ……え? 助けてくれるって……!
嘘つき! ふざけんな! 助けてよぉぉ!!」
青年は発狂したように叫び、椅子を揺らし暴れ出す。
……だが、誰も彼を助けようとはしない。
── 最初から、罠だったのだ。
静まり返る工場の中──
次に動いたのは、ミヤコだった。
彼女は、作業台からアイスピックを手に取ると、泣き喚く青年の前に歩み寄り──
ドスッ!
「ゔっ……! ぐえっ……!」
アイスピックは青年の口を貫き、下顎から先端が突き出る。
ヨダレと血がボタボタと垂れ、青年は驚愕の表情でミヤコを見上げる。
「嘘つきですって? 助けてほしいですって?
……親を身代わりにしても良いですって?
── 瀕死で助けを乞うタカシの声には耳を貸さなかったくせに。
よく、そんな身勝手なことが言えるわね」
「ひゃ……ひゃ?」
「── アンタみたいなクズが、助けてもらえるわけねえだろぉがぁ!!」
ミヤコは絶叫とともに、アイスピックを一気に引き抜く。
ブチィッ!
── 舌が、縦に裂けた。
「きゃっ……ふっ!」
青年は、鯉のように口をパクパクとさせながら、血泡を吐き苦しむ。
そして、ウサギマスクのミヤコが立ち尽くす中、ブタマスクは不気味に告げる。
「どうやら――ウサギさんも、“覚醒”したようですね。
ここからが、本番です」
血まみれの4人が、それぞれ異なる凶器を手に取り、ゆっくりと青年の周囲を囲んでいく。
「宴は――続行だ」
「ひっ……! ひぃぃぃ! だしゅけで! ゆるじでぇ!!」
───
───
数十分後──
青年は、もはや声も出せなくなっていた。
両目には無数の針、顔はバーナーで焼かれ、指は全て潰されて切断されている。
皮膚は裂かれ、肉は削ぎ落とされ──
「……殺ひで、くらひゃい……殺ひで、くらひゃい……」
蚊の鳴くような声で、そうつぶやく青年。
だが、その前に立つのは── 血に染まったウサギの仮面。
ノコギリを手に、冷たい声でこう言い放った。
「── 死にたければ、自分で死ねば?
……クスクスクスクス……」
ショクハツ Tusk @Tusk1230
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