葉っぱのハーモニー
- ★★★ Excellent!!!
小学校の時に、この掌編と同じような境遇の男子児童が短期間、教室にいたことをまざまざと想い出した。
ドイツに赴任している親の子だった。
勉強面のことはまるで憶えていないが、放課後の公園に、親に買ってもらったのであろうピカピカの日本製のおもちゃを手にして現れた。
彼は男子だったので、わたしとは深くかかわることもなく、彼に友だちが出来たのかどうかもさっぱり記憶にないが、公園で彼の手から配られたチョコレートはスイス製だった。
トブラローネ。
よく土産にもらう山の形をした三角形のあれだ。
彼の名まえは忘れてしまった。
日本語を話していたし、眼に留まるほどの遅れもなかった。
持ち物のかばんや文具が、外国製だったので、女子が「欲しい~」と見つめていた。
大きな玩具を手にして公園に現れた、生真面目そうな少年。
いったいどんな事情があって、日本に一時帰国していたのだろう。
「日本なんて異国だ。ぼくはここでは異物だ」
もし彼がそう想っていたのだとしたら、きっとこの小説の少年のような心持ちだったことだろう。
小説の少年はその上に学習困難というハンデも抱えていた。男子にたまにいる、
「ゆっくりさん」
は、ある時期から急にぱちぱちとパズルが合うようにしてぐんぐん伸びることもあるのだが、それを待つことは、大人には難しい。
めんどくさいのが来た。
そう考えていた教師のもとで、「ゆっくりさん」は案の定、ぐずぐずしている。
クラスにも溶け込めず、明らかに邪魔ものな感じだ。
この教師は優れた人格者でも何でもなく、ごく普通の人間で、それゆえに「こんな時期に短期間だけあずかるのは邪魔くさい」という感情をもっている。
しかしそんなごく普通の教師であっても、たまに魔法を起こすことがある。
糸の切れた凧のような少年に対して、漢字の木をつくろう――と、提案するのだ。
ことばは世界をひらく。
今はなにも持っていない君でも、これから幾らでも世界は増やせる。
まるでそう教えるように、漢字の葉っぱはどんどん増えていく。
遊びの延長のようなその学びが、この少年にはフィットしたのだ。
再度いうが、この教師は特段すぐれた人格者でも何でもない。
現に、保護者や校長から横やりを入れられると保身のためにか、すぐにこの学習を止めている。
しかし、この教師も楽しかったのではないだろうか。
おおー、この方法なら、君は漢字に対して抵抗がないんだね。
人を教える者は、出来なかった子が自らの力で伸びていくのを見る時が、いちばん充足感をおぼえて、嬉しいものなのだ。
不協和音を鳴らしていた「邪魔もの」は、素敵なハーモニーの想い出へと、双方のなかで変わる。
わたしは教室に現れたあの男の子がその後どうなったかをまるで知らない。
親と同じようなエリート街道を歩んでいるような気がするが、どこかの外国で彼なりのスタイルを見つけて暮らしているのかもしれない。
ささやかな、日本の学校の想い出は、彼にとって苦いものだったろうか。
それとも。
あの時は子どもでわたしには何も出来なかったことを、今も、申しわけないような気持ちでいるのだ。