第7話「あ゛ー、もう、書けるかこんなもん!」



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### 小説、流れ星。


カツン、とエンターキーを叩きつける。苛立ちまぎれに強く押しすぎたせいで、画面には意味のない改行がだらしなく増えていくだけ。


「あ゛ー、もう、書けるかこんなもん!」


椅子を蹴立てて、無理やり立ち上がる。安物のキャスターが情けない悲鳴を上げた。部屋の中をぐるぐる歩き回り、壁でも殴ってやろうかと思ったけれど、自分の拳が痛いのはごめんだ。だいたい、このスランプはわたしのせいじゃない。面白いネタを思いつけないわたしの頭が悪いわけじゃない。そう、世間のレベルが低すぎるのが悪い。わたしの才能に、時代が追いついていないだけ。


ヤケクソで窓をがらりと開け放つと、ぬるい夜風がごう、と部屋に流れ込んできた。ちっ、感傷に浸るには暑すぎる。見上げた空は、街の灯りで白っぽく濁って、星なんて数えるほどしか見えやしない。


「しょーもな」


悪態をついて窓を閉めようとした、その瞬間だった。


空の隅っこを、白い光がすうっと横切った。まるで誰かがカッターで空を切り裂いたみたいに、鋭く、一瞬で。あっという間にそれは闇に吸い込まれて、跡形もなくなった。


わたしは、その光の残像を目で追いながら、口の端を歪めて呟いた。


「あゝまた誰か死んだんや!」


昔、ばあちゃんが言ってたっけ。「流れ星は死んだ人の魂や」って。ふん、ロマンチックなこと。


でも、まあいい。誰が死んだ? どうせなら、わたしの才能を認めない、あの老害編集者がいい。いや、待てよ。この間、文学賞をかっさらっていった、鼻持ちならない同期のアイツか? それとも、ネットでわたしの作品をこき下ろしてた、顔も知らんアンチの一人?


誰だっていい。どこの誰かは知らないけれど、今この瞬間、わたしと同じように机に向かって、わたしより面白いものを書こうと足掻いていた、才能ある誰かだったかもしれない。そうだとしたら──。


わたしは、暗い夜空に向かって、くつくつと喉を鳴らした。


「死んだ? ライバルがひとり、いなくなったね?(笑)」


最高じゃないか。

席は、ひとつ空いた。神様がいるとしたら、なかなかに粋な計らいをしてくれる。


行き詰まっていた脳が、急にぐるぐると動き出す。さっきまでうんざりするほど見ていた白い画面が、今や無限の可能性を秘めたキャンバスに見えてきた。そうだ、物語はそこら中に転がってる。誰かの死でさえ、わたしの物語の薪になる。


「ありがとね、名も知らぬ流れ星さん」


わたしは窓に背を向け、不敵な笑みを浮かべてデスクに戻る。


「あんたの分の物語も、わたしがぜーんぶ、面白く書き上げてあげるわ」


カタカタカタッ!

さっきまでの沈黙が嘘のように、軽快なタイピングの音が、真夜中の部屋に高らかに響き始めた。

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