変な外国人と、英語が得意(?)な私
私の英語力は、我ながら実にアンバランスだ。ペーパーテストの成績はいつも学年トップクラス。文法も単語も、まあまあ頭に入っている。でも、いざ「話す」となると、口から出てくるのは錆びついたブリキ人形みたいな音だけ。そう、典型的な「話せない日本人」である。
この前も、駅前の雑踏でバックパックを背負った金髪の女性に話しかけられた。
「Excuse me, where is the station?」
きた!出た!英語だ!
私の脳内CPUはフル回転し、「ステーション」という単語だけを辛うじて拾い上げた。
「あ、えっと、ステーション……is……あっち!」
私は駅の方向を力いっぱい指差した。駅名なんて、とてもじゃないが出てこない。彼女は「Oh, thank you!」と満面の笑みで去っていった。伝わったらしい。よ、よかった……。冷や汗を拭い、私は一つ大きなミッションを終えた兵士のような気分だった。
しかし、今日の敵はレベルが違った。
次に私の前に現れたのは、とてつもなく大きな黒人男性だった。壁だ。黒い壁が歩いてる。うわ!デカ!黒っ!……いや、失礼。心の中で慌てて謝罪する。
彼は屈託のない笑顔で、私に何かをまくしたてた。そのスピードは、さっきの女性の比ではない。まるでラップだ。
「Hey! Do you know where I can find a PlayStation? Sega Saturn? Dreamcast? NEOGEO?」
……ぷれいすてーしょん?
唯一聞き取れたその単語に、私の頭は「?」で埋め尽くされる。なんで今、プレステ? しかも、セガサターン? ドリームキャスト……? なんだか懐かしい響きの単語が、マシンガンのように耳を撃ち抜いていく。ネオジオって、もはや伝説のゲーム機じゃないか。
ハハハ、わからん。完全にキャパオーバーだ。私はただ、「アウアウ……」と意味のない音を発しながら、固まることしかできなかった。
絶体絶命。私が白旗を上げかけた、その時だった。
「あ、それなら、そこの角を曲がった先のビルですよ」
声のした方を見ると、そこに救世主はいた。
メガネをかけた、きっちり七三分けの髪。着ているのは、よれっとしたチェックのネルシャツに、色落ちしたジーンズ。その姿は、あまりにも完璧な、ステレオタイプな「アキバ系」そのものだった。
(ありがとう、秋葉くん……!)
私は心の中で、彼に勝手な名前をつけて感謝した。
秋葉くんは、その大きな黒人男性に向き直ると、少し早口な日本語でこう続けた。
「レトロゲームなら、スーパーポテトです。This way」
彼は流暢な英語を話すわけではなかった。でも、その指先には一点の迷いもない。確信に満ちたその姿に、黒人男性の顔がパッと輝いた。
「Oh! Super Potato! I know! Thank you, my friend!」
彼は秋葉くんの肩をバシン!と力強く叩き、嬉しそうに走り去っていった。痛そう……。
呆然と立ち尽くす私に、秋葉くんは軽く会釈すると、何事もなかったかのように人混みへ消えていった。
テストの点数だけじゃ、人は救えないらしい。
世界には、英語の他に「ゲーム」という共通言語があることを知った日だった。ありがとう、見知らぬ秋葉くん。あなたのチェックのシャツは、私にはヒーローのマントに見えたよ。