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**お届け先:イスカンダル**

「あー、山田くん、お疲れー。次これ、お願いね」

気の抜けた声で俺に伝票を渡してきたのは、万年気だるげな上司の田中さんだ。俺、山田はこの「なんでも運ぶぜ便」でルート配送のバイトをしている。仕事は楽だし時給もいい。この上司の適当ささえなければ、最高の職場なんだが。

「うっす。…ん?」

受け取った伝票を見て、俺は眉をひそめた。

**お届け先:イスカンダル**
**ご住所:大マゼラン雲 サンザー太陽系 第8番惑星**
**品名:コスモリバースシステム(試作品)**

「……は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。なんだこれ。アニメか?
俺は呆れた顔で田中さんに向き直った。

「田中さん、なんすかこの伝票。イスカンダルって…ふざけてます?」
「んー?なんかクライアントがそう書いてくれって。遠いらしいよ」
田中さんはスマホで競馬の結果を見ながら、心底どうでもよさそうに答える。

「いや、遠いとかそういう問題じゃなくて!宇宙じゃないすか!大マゼラン雲って!」
「あー、大丈夫大丈夫。うちの軽トラ、なんか特殊なオプションついてるっぽいから。ナビ通り行けば着くって」
「はぁ!?」

いつもの軽トラのキーをぽいと投げ渡される。特殊なオプション?このオンボロで、エアコンの効きも悪い軽トラにか?

「とりあえず首都高乗って、虹橋(レインボーブリッジ)の先の『ワープゲート入口』ってとこまで行って。そこから一本道らしいから」
「ワープゲート!?」

もうツッコむ気力もなくなってきた。田中さんは「あ、時間指定16時までだから急いでねー」と手をひらひら振るだけだ。クライアントはヤバい奴だし、上司はもっとヤバい。

「……ちくしょう」

俺は「コスモリバースシステム(試作品)」と書かれた、やけに重いジュラルミンケースを軽トラに積み込んだ。どうせ、どこかの好事家がやってるコスプレカフェか何かなんだろう。そう自分に言い聞かせ、俺は軽トラのエンジンをかけた。

「さてと…ワープゲート入口、と」

ナビに入力すると、驚いたことに目的地が設定された。
「マジかよ…」
半信半疑のまま、俺は首都高を走らせる。いつもの景色、いつもの渋滞。だが、ナビが示した「虹橋の先」に差し掛かった時、異変は起きた。

ETCレーンのように見えたゲートを通過した瞬間、フロントガラスの向こうの景色がぐにゃりと歪んだ。万華鏡のような光の渦が車体を包み込み、強烈なGが全身にのしかかる。

「うわああああああああああっ!?」

悲鳴を上げたのも束の間、光が収まった先に広がっていたのは、漆黒の闇に無数の星が輝く――宇宙空間だった。

眼下には、青く美しい地球が浮かんでいる。
俺の乗った軽トラは、なぜか宇宙を走っていた。ワイパーがカシュカシュと虚しく動き、ラジオからは「ザー…こちらアステロイドベルト営業所、荷物の集荷が…ザー…」と途切れ途切れの音声が流れている。

「…………は?」

目の前には「イスカンダル方面⇒」と書かれた、やけにチープな電光掲示板。
俺はただ、呆然とハンドルを握りしめることしかできなかった。

どうやら、この運送屋の「ルート」は、地球だけに収まらないらしい。時給、ちょっと上げてもらわねえと割に合わねえぞ、これ。

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