5:最大の危機
5-1 いよいよ最終イベント
レスカルが出発してから五日が経った。
近衛長であるオーバンさんはレスカルの護衛として一緒に出征したため、王宮の防衛責任者は名目上俺、実質はチェストン宮宰である。元々宮宰って職は王宮の「維持管理」責任者なので、そこには防衛の仕事も入っている。プラス、宮宰の父親で陛下から直々に後方支援を頼まれたプリスコット公が、自領からレスカルの軍へ物資を送りつつ自分は王宮に詰めて周囲に睨みを利かせていた。他には王都に残留している国軍とその将軍もいるわけだが、こちらは俺とあまり面識がないため、宮宰の指揮下に入ってもらっている。
こんな風に説明すると、まるで王都も厳戒態勢みたいに聞こえるかもしれない。が、実際には挙兵したフルメラ領は王都からかなり遠いし、ブロウゼン公も協力を拒否しただけで王都で暴れたりはしていないので、
レスカルは出発前に宮宰と公爵を呼んで、森羅の書の前で俺に言ったとおり、俺に全権委任すると伝えた。二人は驚いていた様子だが、上級貴族らしい礼儀正しさで陛下に「承知いたしました」と頷いた。……んだけど、これから王都で起こるはずの混乱や、その際に想定されるベストな立ち回りを考えると、どう考えたってこの二人にくらいは全部知っておいて欲しい。レスカル出発の翌日、早々に一服盛られた俺はそう判断し、二人とソフィアさんを陛下がよく使う会議室に呼んだ。
何、情報過多? まあうん、俺に呼ばれた三人も話を聞いて目を白黒させてたよ……。ソフィアさんも呼んだのは、今後の展開に彼女を巻き込まないのは難しいし、一服盛られたことを彼女には流石に隠せなかったからだ。
――陛下がいなくなった途端、「誰か」が露骨に俺の命を狙い始めた。
食事には毒が盛られるようになったし、常に誰かに監視されているような気配を感じる。昼餐は俺以外にも食べる人がいるし毒味役もいるからか、俺単独で食べる朝食を狙われた。しかし幸いと言うべきかこの世界の毒ってまだ、無味無臭とは行かないのだ。哀しいかな毒慣れしている俺はそれを回避できた。
刺客らしき気配の方はといえば、出発前にレスカルが俺の身辺警護を厳重にするよう言って出たため、二十四時間体勢で俺の周囲を固めている近衛兵に阻まれているようだ。俺自身、陛下の出発以降は身動きの取り易さ重視でフルの「男装」に着替え、武器も携帯しているし、不用意に一人にならないよう気をつけている。
そんなわけで現在この王都・王宮には、「原作」通り「俺の身柄が欲しい」と思われるインスラ皇帝やブロウゼン公らの勢力の他に、「俺の命が欲しい」勢力もいることがはっきりした。コチラの正体が何であるか割れてはいないけど……まあ、九割九分フェレイド家だろう。
というのも先日、俺たちはなるだけ誰にも聞かれないように~と「内緒話」の場所に拘ったワケだが、冷静に思い返してみれば俺が一人で悶々と抱え込んでいた間――レスカルが大公家に缶詰になった際に、「転生」の部分だけボカしたとはいえ俺が「予言の書」的なモノを読んだことがあると、大公・フェレイド家当主に明かしてしまっているのだ。もしフェレイド家がラティリア太王家の王朝交代について知識を有し、「僭主による国」の創建や維持に良からぬ方法で携わっているのなら、あの程度の情報でも「ピンと来て」しまった可能性がある。
そんな辺りの話と、ワスティから聞いた内容から推測したラティリア王朝交代の話、俺が実際には「前世で『予言の書(らしきもの)』を読んだ転生者」だという話を、プリスコット公爵、チェストン宮宰、そしてソフィアさんに洗いざらい喋った。もちろんこれで、陛下の政権と身の安全を望む公爵に、俺が斬られてはたまらない。俺自身も陛下の血を浴びた王冠なんか願い下げだし、ブロウゼン公らの計画に乗るつもりは一切ないこと、可能な限り今のノスフェレードの存続を望んでいることも熱弁した。
実際の会話については割愛するけど、実は三公爵家のなかでノスフェレードに与するのが一番遅かったのはプリスコットなんだそうだ。そしてその理由は正に「フェレイドの主張や振る舞いが胡散臭い」からだったそうで……公爵は父親がその件で悩みながら、苦渋の決断的にノスフェレードに降る様を間近で見ていたという。なので比較的スンナリと俺の話も納得してくれた。
そうしてひとまず今後の作戦を相談できる相手を得た俺は、彼らと共に「最終イベント」とも呼ぶべき「
「原作」での誘拐事件は、リッタに唆された姫がカナンを賊の居る場所まで誘導し、カナンだけを攫わせるつもりで自分も攫われてしまう……という展開だった。原作ではカナン憎しで視野狭窄していた姫が、良いようにその憎しみを利用されてしまったワケだが、現在の姫はそこまで俺にヘイトを溜めているわけではない。よって、姫は俺に「外出の誘い」をかけてきた。
……と、かなり巻いて説明したのは、実は今、その「最終イベント」真っ只中だからである。今俺が座っているのは、王宮を出て森へと移動する馬車の中だ。隣にはソフィアさん、向かいにはメリフィンヌ姫、そしてはす向かいにリッタが居る。
急すぎるって? 俺もそう思うよ。なんせ陛下不在三日目にはメリフィンヌ姫から「お誘い」があって、今日が五日目だもん。姫のお誘いは「気晴らしを兼ねて、大公家所有の別荘へ行かないか」というものだった。そんなお誘いを貰えるほど俺って姫に好かれてたっけ? と一瞬首を捻ったが、少し探りを入れたところ、やはりと言うべきかリッタが提案したものの様子だ。普通に一瞬ドキッとしてしまった己が哀しい。
名目上の目的地は大公が所有する湖畔の別荘、そして実際の目的地は、位置関係からしてブロウゼン公爵所有の狩猟用別邸辺りだろう。一応、王都を出て途中までの道くらいは共通していないと、流石に俺たちどころかメリフィンヌ姫も不審に思うはずだ。その点、ブロウゼン公の別邸と大公の別荘は、森に入ってから分岐する道それぞれの先にあるため、何食わぬ顔で右に行くはずの分岐を左へ行ってしまえば辿り着くため都合が良い。
この誘いが、九割九分罠であることは最初から分かっていた。
それも俺単独ではなく、事情を何も把握していないメリフィンヌ姫を巻き込んだ罠なので、姫を危険に晒す可能性が高いことも、もちろん考慮に入れた。その上で、公爵・宮宰・俺・ソフィアさんの四人で協議して出した結論が、「この罠に乗ることによって最短で決着をつける」ことだった。俺も心情としては避けたかったし、ソフィアさんだって当然最初は回避を望んだけれども、
『罠と分かっているものに乗ってやれば、確実にどちらかは尻尾を出します。カナン様の御身を望む者、お命を狙う者のどちらか片方だけでも、一日でも早く始末ができるなら、それに越したことはございません。ことに毒や刺客を使ってお命を狙う者の方は、置く日数が長いほどに守る側やカナン様御自身を疲弊させ、お守りしきれぬ危険が増します。機を逃さず速戦即決が宜しいかと』
と、歴戦の将である公爵に言われてしまえば納得するしかない。俺も、心情はともあれ戦況判断としてはそれが正しいと思うし。なんせ、口に入れる物全てに神経を尖らせる毎日は本当に疲れるのだ。護衛の人数だって有限だし、二十四時間体勢で気の緩みなく護衛をするのだって、そう長期間は難しい。更には状況が長引けば長引くだけ、敵側に「俺たちの持つ情報」……つまりコッチが端からブロウゼンやフェレイドを警戒してることが割れるわけだし。たった五日で確実に「こちらの用意」をして臨めるチャンスが来たなら、乗らない理由はなかった。
公爵はひとまず「どちらか片方でも」と言ったが、現状俺は一切単独行動をしていないので、命を狙っている連中にとっても今回、俺が近衛兵の護衛を離れて女性陣と一緒に馬車に乗った状況は千載一遇のチャンスになる。ついでに言うと、その連中がブロウゼン公の動きや意図をどこまで把握しているかは推測するしかないが、状況を正しく把握していればそれだけ「俺とブロウゼン公の接触」になりうる状況を潰したいはずだ。
そんなわけで、俺たちは大公家の用意した四頭立ての馬車に乗って、誰かの別荘へと向かっていた。無論、乗せているのが「王妃」と大公姫なので馬車だけ単独で走っているワケではなく、前後に二名ずつ騎馬兵が護衛に付いている。もしもリッタがメリフィンヌ姫を騙しているならば、リッタ、御者、そして四名の騎馬兵――のうち、少なくとも一名以上が大公家にとっての裏切り者ということになるだろう。
この世界って、銃火器どころか弓矢もあまり発達してないという「戦争技術」ばかりはやたらと原始的な場所なのだが、馬車には一丁前に衝撃吸収用のばね板が搭載されている。おかげで馬車は「王侯貴族の乗り物」という顔で、優雅に草原を走っていた。道も主要な街道には砕石の舗装がされており、まあいわゆる砂利道なんだけど凹凸も比較的少ないようだ。目的地までは概ね一刻と少し――大体二時間半弱らしいが、おおよそ半刻(一時間)ほど乗っていて、まだ辛さは感じない。
馬車の中はと言えば、姫を中心にお喋りで盛り上がっていた。俺は遠巻きにこの馬車を尾行しているはずの近衛小隊や、恐らくは待ち受けているであろう俺の命を狙う賊を気にしながら、ほどほどに相槌を打っている。ソフィアさんは姫を陰謀に巻き込み、自身も誘拐だか襲撃だかに巻き込まれるのを承知で俺の隣に座っているワケだが、多少顔色が悪い理由を「陛下の出征」にして上手く誤魔化しながら、いつも通り姫に接していた。
「――姫様、そのように仰ってはなりません。大公も姫様を大切に思っておいでだからこそ、危険から遠ざけたいと厳しいことを仰るのです。陛下がご不在であられるのですから、日頃よりもなお身を慎んでお過ごしになられなければ」
いつも通りに……いや、ちょっと小言・苦言多めになるのは、この外出自体がなかなか迂闊なことは確かなので仕方ない。お立場の自覚、状況の把握、周囲への配慮。いつまでも「可愛いお姫様」じゃ居られないんだから、身分の高い淑女としての立ち居振る舞いを覚えて欲しい……そんなお説教が都度に挟まるのは、それだけソフィアさんが姫の身を案じ、こうしてインスタントに陰謀に巻き込まれてしまう浅慮さを心から憂えているからだ。まあしかし、そんなのは姫からしたら知ったこっちゃない。
「もう、そんなに仰るのなら、なぜおいでになられましたの!? わたくしの誘いなんてお断りになれば良かったではないの!」
と、辛抱耐えかねた様子で姫が声を荒げた。あ~、姫、それを言っちゃあお終いよ……ソフィアさんだって好きで乗った誘いじゃないからね……。まあ確かにちょっとソフィアさんの小言が「ここでソレ言う?」みたいな感じになってたのも否定できないけど。と、内心ヒヤヒヤしながら俺が宥める言葉を探していると、すかさずリッタが姫に同調した。
「本当ですわ、ソフィア様。せっかく姫がお誘いになって、妃殿下もソフィア様もそれに乗られたというのに、今更ここでネチネチと仰るのはあまりに意地悪ではなくて? 姫も陛下の出征で塞いでおられたし、妃殿下のお心も案じて気晴らしをご提案されましたのに」
テメェどの口が言ってやがんだ……みたいな殺気が、一瞬隣のソフィアさんから立ち上った気がする。うん、提案したのはお前だよなリッタ。ここで全部姫のせいにするのはなかなか狡いぞ。
リッタはどうやら姫の精神的に幼い面と、婚約破棄を始めとした不遇な立場を利用して、姫に己が「悲劇のヒロイン」であるように思わせて、その中で「唯一の味方」のように振る舞うことで上手に姫の言動を操っているようだ。まだ首謀者が割れていないとはいえ、お茶会の件も姫を孤立させるために仕組まれたと考えるのが自然だし、きっと「原作」の姫の苛烈な言動の裏にも、そんなマインドコントロールがあったのだろう。
姫はリッタの擁護に「その通りですわ! わたくしだって……」と乗っかり、不遇への嘆きを連ねている。先日の舞踏会では酷く影が薄かったし、以前と比べて顔色や肌艶といった雰囲気もよろしくない。表情からも言動からも、前より「愛され姫」っぽい自信の色が落ちてしまっているのが、俺的には物悲しかった。愛されに疑問を持ってない「我儘姫」なのが可愛いかったのになあ……。などと思いながら、馬車の窓に掛けられたカーテンをチラリと捲る。
(――さて、森の手前にある水車小屋を目視確認。森に入って視界が悪くなったら、近衛兵が馬車に接近する予定だ……俺たちの仕事は、その前に馬車内を制圧しておくこと…………)
気性の荒い人間ならばブチギレていて不思議ではないリッタの言いように対し、どうにか怒りを抑え込んでいる様子のソフィアさんへ、俺はあらかじめ決めていた合図を送った。まあ横からチョンチョンと肩をつついただけなんだけど。
(感情的にも乗れて丁度良いんじゃないかな)
などと考える俺の隣で、ソフィアさんが膨らんだ自身のスカートの脇へ右手を潜らせる。
「そんなことをおっしゃって――」
という、低く冷たい言葉と共にスラリと抜き放たれのは、リッタの胸元に突き付けられた白刃だった。
「本当は貴女が姫を唆したのでしょう?」
場の空気が凍る。本気の怒りが籠った迫力のある声に、「ヒッ」とリッタが小さく悲鳴を上げた。この、刃物を出してリッタを脅す役割……最初は俺がやるつもりだったんだけど、席配置的にソフィアさんが適任という話になり、更には本人も「リッタ相手ならできる」と受け負ったので任せたのだが、うーん、お見事。
「ソフィア!? 貴女一体どういうおつもりですの!?」
そう高い声を上げたのは姫だった。とはいえ、正真正銘「お姫様」として育ったメリフィンヌ姫では、侍女を庇って己の身を短剣の前に晒すような真似はできない。怯えて混乱することしかできない彼女の前で、俺も馬車に持ち込んでいた剣を手にして見せる。
「申し訳ないんだけど、姫。この一行は俺たちが取り押さえる。姫はマルグリッタに騙されて巻き込まれただけだから、抵抗せず俺たちに従ってほしい。――さて、マルグリッタ。お前らの本当の目的地を確認したい。この馬車が向かってる先は大公の別荘じゃなくて、ブロウゼン公爵の狩猟用別邸だな?」
俺の剣はそこまで鋭利じゃないが、刃物慣れしていない貴婦人が首元に突き付けられれば流石に恐ろしいだろう。狭い馬車内で鞘を抜き払った俺に、リッタの顔色が変わる。畳みかけるように俺は続けた。
「森に入ったら、後ろをつけて来てる近衛兵たちがこの馬車を止める。抵抗は一切許さない。少しでも抵抗すればその場で反逆罪として処刑する。そのことを御者や護衛の騎馬兵に伝えろ。外の何人がお前の仲間か知らないが、全員従ってもらう。俺を保護する云々の言い訳は許さない、ここで従わなければ問答無用でお前らはタダの、王妃と大公姫を攫った誘拐犯だと、俺が判断する。――言ってること分かるな?」
リッタは顔を強張らせ、スカートを握り締めて俯いた。目元が翳りその視線がどこを向いているかは見えないが、口元が固く引き結ばれる。ひとまず、言われたことに心当たりがある奴の反応だった。……ここで、リッタの企み云々が全部完全に勘違いだとかなり笑えないのだが、それは流石になかったらしい。
なんで、とリッタの唇が小さく動くのに被さるように、混乱した姫の糾弾が彼女に降り注ぐ。
「ど、どういうことですのリッタ!? まさか本当に、わたくしを騙していたわけではありませんわよね……!? この馬車は大公家の別荘へ行くのでしょうッ!?」
言葉は未だリッタの方を信じたい――否、騙され裏切られたなどと思いたくない気持ちが前面に出ているが、身体は裏腹に、リッタから一ミリでも距離を置くように馬車の端に寄ってしまっている。それをどうやら一瞥したらしいリッタが、ハッ、と口元を歪ませた。
「本当に、お可哀想なお姫様……」
心の底から溢れ出たらしきリッタの呟きは、哀れみと嘲りに満ち満ちていた。ソフィアさんの構える短剣が震える。多分怯えじゃなくて怒りだろう。リッタが続ける。
「何の努力もせず手に入れた地位と財力に甘え放題で育って、何の責任もない罪を背負わされて処刑される……無知で無力で本当に哀れ」
「お黙りなさい!!」
そう叱責したのはソフィアさんだった。堪えた様子もなくリッタは続ける。
「ふふっ、王族としての資質だって、カナン殿下とは本当に天と地ほども差があるじゃない。こんなに簡単に私に利用されて、ノコノコと殿下を城壁の外へ連れ出して……そう思ってましたけど、まさか殿下がご存知でいらっしゃっただなんて。想像もしておりませんでした」
顔を上げたリッタと視線が交わった。無念さと、俺への怯え? のような感情を滲ませた歪な笑みで、リッタが「殿下のご指示に従います」と言って目を伏せる。御者も騎馬兵四名も全員グル――ブロウゼン公配下のスパイだそうだ。すぐに外へと俺の指示を伝達し、森に入ったところで停車すると報告してきた。
メリフィンヌ姫はショックに言葉もないようで、蒼い顔をしてただ呆然と身を竦ませている。リッタに抵抗の意思はないと判断して、ソフィアさんには短剣を引いてもらった。流石に緊張して息を詰めていたらしく、剣を降ろした途端にソフィアさんは肩で息をし始める。
「お前の動機を訊いてもいいか」
俺はリッタに尋ねた。改めて観察しても、本当に何の変哲も無い――というのも妙な表現だが、外見上際立ったところのない、メリフィンヌ姫や俺と同じ年頃のご令嬢である。しかしスパイ仲間とのやり取りを見るに、どうやら彼女がリーダーなのだ。その胆力や情熱、そしてメリフィンヌ姫を酷く嘲り哀れむ、その激情の震源は何なのだろう。
「復讐ですわ。フェレイド家当主への」
リッタの昏い目が俺を射貫く。――なるほど、自身を売った実父への復讐か。結局、先般どうにか判明したリッタの母親は、ブロウゼンの縁者と呼べる人物ではなかった。彼女の身分はかなり低く、出産したリッタをフェレイド家に取り上げられるのと前後して亡くなっている。状況としては、自殺か他殺か事故死か分からないという調査報告だったが、リッタが復讐心に燃えているのならフェレイド家に口封じされた可能性が高いのだろう。
「そのためにブロウゼン公についたってコトか……。じゃあ、お前やブロウゼン公は、俺の命を狙ってる連中がフェレイド家の手下だってのも把握してるんだな?」
窓の外が木立で翳り、ゆっくりと馬車が速度を落とし始める。それと同時に、背後から複数の騎馬が近付いて来る音も耳に入った。予定通りに近衛兵の一班が追いついてきたのだろう。
「お命を……!?」
と、ここでリッタが顔色を変えた。そうか、既に暗殺されかかってるのは気付いてなかったんだな……まあ、俺らも全力で隠蔽してたから無理もない。
「そ。だから多分、このまま行けばどこにせよ目的地に着く前に、賊がこの馬車を襲う。正直に言えば俺らの本命はそっちだ。お前らのことは、連中を釣り出すために使わせてもらった。このまま全員拘束するし、申し訳ないけど釣り餌になってもらう」
俺の命を狙っているはずの賊がどこから情報を入手し、行き道のどこに待ち構えているかは正直俺にも分からない。連中にしたところで見通しの良い草っ原の中は避けるであろう、くらいの判断だった。いや、もちろん近衛兵たちが馬車を尾行してたから、万一のことがあれば駆けつけてくれたはずだけど。そしてこの先は、せめても交渉の余地があるブロウゼン公の別邸を目指しながら、襲撃に備えることになる。
「かしこまりました。フェレイド家の罪が明らかにされ、奴らの悪行が白日の下にさらされて、正しく処罰されるのであれば……この命も惜しくはありません」
どんな境遇が彼女にそんな言葉を言わせるのか、俺の掴んでいる情報だけでは想像もできない。覚悟の決まりっぷりが見事と言えばそうだが……。
「そうか。お前の怒りと覚悟くらいは覚えておくよ。けど――お前にどんな事情があったとしても、お前は大公姫を騙し、付け入り、利用した。その罪も消えないことは覚えといてくれ。それから……姫は『可哀想』な結末になんてならない。俺が、させない」
姫もレスカルも。決意を込めて俺は言った。紆余曲折あって、今じゃ当初は想像もしなかった話になっちまってるけど、俺のスタート地点、いやゴールはそこだ。
馬車が止まって扉が開く。予定通り、九名一班の近衛兵たちが馬車を取り囲んで俺たちを一旦外へ出した。
近衛兵たちは全員、尾行中に目立たないよう枯れ色の外套を甲冑の上に被っていたが、馬車の護衛四名とリッタを拘束したのち、護衛の大公家装備を剥ぎ取ってそれを拝借する。拘束された五人が馬車の中に放り込まれ、その馬車を護衛するかのように変装した近衛兵が前後を固めた。――つまりここで、リッタらブロウゼン公一派を囮に仕立てるのだ。
一方で俺やソフィアさん、そして姫は近衛兵が脱いだ枯れ色の外套を被り、姫とソフィアさんは近衛兵三名と共に王都へ引き返す。俺は……安全のために王都へ帰るべきとも言われたが、俺が同行していては姫らが襲撃に巻き込まれる可能性があるし、責任者不在で近衛兵だけをブロウゼン公の別邸へ向かわせるわけにも行かない。別邸には公爵本人なり、ある程度状況を把握した公爵の側近やワスティの配下なりが俺を確保しに待ち構えているはずなので、直接話をつけておきたいところだ。フェレイドへの囮とする馬車一行からは距離を取って、共に移動する予定だった。
ソフィアさんと姫はそれぞれ近衛兵の馬に相乗りし、俺用にはメティスが来ていた。突然態度と雰囲気を変えたリッタに呑まれて、茫然自失気味の姫をソフィアさんが誘導している。
「それじゃあ、二人を頼む。無事に王宮まで送り届けてくれ」
そう言って、姫とソフィアさんを連れた三名の近衛兵を送り出す。三騎のうち二騎は女性を相乗りさせているため、実質「護衛」として動けるのは一騎のみとなるが、敵がフェレイド家であれば大公姫を襲う理由はないだろう。
――その判断が甘いものだったと俺が思い知るまで、彼女らを見送り自分たちも出発してから、そう時間はかからなかった。
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毎週 月・金 18:00 予定は変更される可能性があります
黒狼と金獅子の王国 歌峰由子 @althlod
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