エピローグ

 大吾が目を覚ました場所は、病院の中だった。

 後で聞いたところによると、匿名の通報で大怪我をした人間がいると連絡があり、病院に運び込まれたらしい。

 それから何日間も昏睡状態で、目を覚ますかどうかは五分五分だったと医者は話していた。

 正直、大吾は気を失った瞬間、もう目を覚ますことはないんじゃないかと思っていた。

 あの状況ではそう思っても仕方ない。


 その後、入院生活が続いた。

 両腕を失った大吾は、それに慣れるためにも、怪我の回復を見るためにも入院していなければならなかった。

 警察が事情聴取のために訪れたこともあったが、全て覚えていないと言って誤魔化した。

 あのゲームのことは口外しないほうがいい気がした。

 大吾は何らかの事件に巻き込まれ、大怪我を負い、そのショックで記憶を一部失ってしまったと結論づけられた。


 そして両手のない生活にも若干慣れてきた頃、大吾は晴れて退院することになった。

 しばらくはリハビリや定期検診のために通院しなければならないが、久しぶりに我が家に帰ることができる。


「ただいま」


 誰もいないとわかっているが、それでもなんとなく言わずにはいられなかった。

 留守にしている間に少し埃っぽくなってしまったが、家の中は変わっていなかった。

 なかに足を踏み入れて、ようやく帰ってきたのだと、生き残ることができたのだという実感が沸いてくる。

 ともすればあの地獄のような四日間は夢だったのではないかと錯覚しそうになるが、なくなった両手があれが現実だったのだということを思い出させる。


 大吾が気を失ったあと、ゲームがどのような形になったのか、それはわからない。

 しかし、どうやら大吾はゲームで生き残ったという判定になったらしい。

 母親の京香の名義で支払われていた入院費と、いつの間にか口座に振り込まれていた一億円がその証拠だ。

 その通帳に記載されていた数字を見た瞬間、大吾は素っ頓狂な声を上げる羽目になった。

 なにせ一億円だ。


 あんな怪しすぎるゲームの賞金を使うことはためらわれたが、大吾は両手を失ったことで今後の生活が困難になった。

 それを思えば、使わざるをえない。

 使ったところで、またあのゲームに参加させられるんじゃないかという一抹の不安はあるのだが。


もともと勤めていた会社の社長は、大吾の境遇を不憫に思い、なんとか両手がなくてもできる仕事を斡旋してくれようとしてくれたが、そこまで甘えることはできなかった。

大吾の勤務態度は真面目ではあったが、同僚とは良好な関係を築けているわけではなかった。

全ては大吾の人間不信が原因なのだが、そんな大吾にも社長はじめとした人々は良くしてくれた。

感謝の念が尽きない。


ゲームを通じて、大吾は少しだけ人を信じてみようという気になった。

 それもパートナーであった優のおかげ、なのかどうかは正直大吾自身にもわからない。

 ただ、大吾は人として、人を殺さなかったという、ただただ当たり前のことが誇らしかった。

 あんな理不尽なゲームに強制的に参加させられ、極限まで追い詰められても、大吾は人としてゲームを終えることができた。

 踏み外さなかった。

 人として終わらなかった。

 そんな当たり前のことが、あのゲームの中ではなかなかできない。

 あんな状況の中でも人としてまっとうな答えが出せたのだから、きっと今後の人生でも決定的に間違うことはないと、そう思える。

 人として成長できたのかどうかはわからないが、人として間違うことだけはしなかったと、それがゲームを通じて大吾が感じたことだった。


 それならば、優はどうだったのだろうか?

 あの狼たる少女は、ゲームを通じて何を感じたのか。

 あるいは何も感じなかったのだろうか。

 それは大吾にはわからない。

 結局、優が何を思って大吾のパートナーを務めていたのか、最後の瞬間に何を思ったのか、何一つ大吾にはわからない。

 ただ、今日もどこかであの少女は狼を演じているのかもしれない。

 大吾はその哀れな生贄の羊にもう一度選ばれないように祈るだけだ。




「全く。今回のゲームは散々だったねえ。誰かさんのせいで」


 どこまでも胡散臭い男が、小柄な少女に語りかける。

 少女は男の言葉を無視。


「結局生き残った参加者は四人だけ。南雲順次とそのパートナーの鈴木瞳。あのおっさんも大概しぶとい。まっさきに死にそうな顔してるくせにいつもひょうひょうと生き残るね。まあ、そのパートナーの女の子は精神を病んじゃったみたいだけど」


 ペラペラと勝手に喋る男に、少女は胡乱げな視線をよこすが、やはり口は開かない。

 この男と会話をするのは不毛以外の何物でもないからだ。


「あとはこの僕とパートナーの高橋幸子だけ。僕を抜かせば純粋な参加者は三人しか生き残れなかった。ああ、嘆かわしいですね。どこかの誰かがやりすぎてしまったせいで」


 ネチネチと言葉で責めてくる男に、少女はなおも無言を貫く。


「ところで、愛しの彼には会いに行かないので?」

「いつか行く」


 少女がようやく口を開いた。

 開いてからハッとしたが、時すでに遅し。

 開き直って喋ることにした。


「こういうのはタイミングが大事なの。ほら、再会は劇的にしなきゃね。うふふ。待っててね、大吾君。いつか迎えに行くからね」


 男は内心で愛しの彼、大吾君に合掌を送った。

 そして、ほくそ笑む。

 次はどんなゲームがいいかな、と。

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