第五話「夢の続き」 ―Rain man― ③

     

  

   

 通りに出ると、夜空の輝きはさらに増しているように思えた。

 電子の街が放つきらびやかな光に負けず、明滅する衛星の輝き。



「いまや燃え上がった紛争の炎は誰にも止められない。もっとも、そうなることを、俺たちは知っていた」



 赤城はタバコをくゆらせ、輝きを見つめていた。



「だから今さら、やめられないのさ」



 クロセは口を閉ざしたままだっ。

 ふと思う。

 赤城には家族はいるのだろうか? 訊こうと思ったが、やめた。

 いるはずがない。


 『永遠にさまようなんて、できないはずよ!』


 いつかの映画の台詞が、夏の夜の、浮かされるような熱っぽい空気に響き渡る。もちろん、それは幻聴だった。

 だが、ここでこうして立ち尽くし、夜空の"血ぬられた輝き"を見上げる二人には、その言葉がぴったりな気がした。



「いいもん見してやるよ」



 赤城がウィンドウを手渡す。

 見ると、やや緊張した顔の少年が映っていた。画面外から語りかけられる言葉に、おずおずとうなずき、小さな声で返事をしたりしている。



「数日前にうちで保護した子だよ。本人によると、"排出者イジェクターに助けられた"と話してる」


 興味もなさげに、投げやりに見ていたクロセははっとする。食い入るようにウィンドウに見入った。

 始めはこわばっていた少年の顔。外側中毒アウターホリックにおちいった原因を聞かれるとやや苦しそうな顔をしていたが、排出者の話をふられると、身を乗り出して話し出す。


 次第に笑みがこぼれ、大きな目をキラキラさせ、跳ねるような声で話し始める。途切れがちだった言葉を、流暢につむいでいく。



「体と知能に障害があるんだが……かなり頭が良いと思わないか? 緊張がほぐれてからの言葉が大人並みに論理的だ。それでまだ尋常小学校四年らしいぜ」



 勢い込んで話すので、時々何を言っているのかわからなくなるが、それでも彼の表情を見れば、何を言いたいのかはわかった。『命が助かったから嬉しいわけじゃないんです』――大人顔負けの言葉で、彼は一生懸命に想いを形にしようとしていた。



『生まれ持ったハンデになんかに、負けるなって。まだ諦めちゃだめなんだって、言われた気がしたんです』

『そう……それは、誰に?』

『僕を助けてくれた人――排出者イジェクター



 歯の浮くような台詞だが、彼にとってそれは真実なようだった。濡れた瞳で必死に訴えるのは、自分を良く見せようとする思い出はなく、自身が伝えたい"感謝"の気持ちだ。



「うちで調べたら、少なく見積もってもIQが170を超えてるらしい。アインシュタイン並だ」



 クロセの頬は引きつった。IQ170? 見たこともない子どもだ。助けた事なんてあっただろうか? もっとも……外側世界アウターワールド分身アバターと現実の姿は必ずしも一致しない。排出イジェクトしたプレイヤーの中に、こんな子どもがいたのだろうか。


 生まれ持ったハンデなんかに、負けるなって――

 まだ諦めちゃだめなんだって――


 鼻で笑おうと思った。そんなこと、言ったことない。勝手にこの子どもが思っているだけだ。

 だが、胸が次第に早鐘を打ち始める。


 いままで夢中を漂い、霞に手をかけていたようだった"排出イジェクト"という行為に、初めて色と形が与えられたような気がした。自分が何をしていたのか、誰を救っていたのか、そこに意味なんてあるのか、ずっとわからないままだった。それが、初めて、意味のある行為だったのだと思えた。

 自分がやっていたことは、こうして誰かに受け入れられる。

 終わるはずだった命が人生を変え、こんな希望となって未来に残る。

 

「次に星をあげるのは、この子かもしれないな」


 夜空を見上げ、赤城がぽつりと漏らした。

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