終章 世々限りなく FOREVER and EVER

1

 ――そうして、世界は救われたのでした。



§§



 あれから、いろんなことがあった。

 惑星ガン・エクノオーシャル全土を襲った【大海嘯】は、あわや人類滅亡どころか惑星壊滅までいきかけて、だけど途中で止まった。

 ほんの一日、そのうちの数時間の出来事だったけれど、沢山の被害が出た。

 大きな町や村の大半は【錆】に呑み込まれて、すごく沢山の命が散ってしまった。

 住む場所もずいぶん減っちゃって、食料なんかも結構危うくて、でも、人類は生き残った。

 しぶといなって思うのは、あんなことがあった次の日には、もう誰もが立ち上がっていたということ。

 怒った人はいっぱいいた。

 悲しんで涙を流した人も、不条理を嘆いた人だってちゃんといた。

 それでも、誰しもが自分の足で大地に立っていた。

 それは、知ったからだ。

 いのちと言うものがどういうものかを、あの【歌】を通じて知ったからだ。

 だから、みんな立っていることが出来た。


 【大都】。人類最大のその都市は、半分が【錆】に呑み込まれたところで助かった。今は急ピッチで復興への工事が続いている。


 【アームド・ベルト】はほとんどが【アカサビ】に沈んだのに、いまではもう前と同じ活気を取り戻している。【略奪者】たちも、今日も元気に辺境警備隊の皆さんと追いかけっこをしてる。


 【イーシュケン】は、流石に再興できないってことで、人類旧文明の技術は、これで完全に失われてしまった。もっとも、偶然生き残っていた研究者さんたちは、古の技術を再現するんだって息巻いているけど。


 【ウェイスター村】ではレェンゾさんが新しく村長になったらしい。今日も元気に怒声を飛ばしているんだろう。


 そして【錆の森】。

 多分、一番激変したのがここだった。

 【ステリレ】はその殆どが【大海嘯】で薙ぎ倒されてしまったのだけれど、その薙ぎ倒された地面からたくさんの【ロクショウ】が芽吹いて生えた。

 で、その【ロクショウ】に花が咲いた。

 それは【錆】が【生殖】を学習したという事だった。

 その花はやがて実をつけて、森はあっという間に元通りになって、いまも拡大を続けている。【ラーシュルード】は少しだけ森から距離をとったけれど、いまだに踏ん張っている。


 【浄歌士】の皆は、それも含めて色んな意味でてんやわんやだった。

 【錆の森】の拡大を防ぐためにオオババ様は現役復帰、当代の【アービトレイター】たちとシフトを組んで、状況の収束に当たっているらしい。

 ミリューさんは、【アービトレイター】でも屈指の実力の持ち主ってことで、あっちこっちに引っ張りだこ。今日も西へ東へ走り回っている。

 まあ、【浄歌士】はみんなそんな感じらしい。

 あ、そうそう。

 【浄歌士】といえばイスカリオテのヴァイローさんは、若い【浄歌士】の先生に就任したってもっぱらの噂だった。

 【錆】を操るその技が、これからの時代には必要になるからっていうオオババ様の判断らしい。


 ともかく、そんな感じで。

 世界は今日も慌ただしく、相も変わらず滅びとは紙一重だけれど、みんなしぶとく生き延びている。

 人類は変らない。

 生命は変らない。

 生きていくことこそが、正しいことなのだから。



 そんな世界で、僕たちは――



§§



「…………」


 海辺を歩きながら、戯れに浜辺の砂をひと掴み取りあげる。

 それは、【錆】ではなく、さらさらと手の平から零れ落ちる清らかな砂だった。

 汚染された世界が、完全に回復するにはまだまだ時間がかかるだろう。【錆】と呼ばれた【暴走型HOPE】は今回の事件でその本来の機能の多くを取り戻したが、それでもそれで、何もかもが解決するわけじゃない。

 だけれど確実に、総ては善い方向に向かっている。

 人々の意思が、そうさせている。

 この砂が、その何よりの証拠だった。


「…………」


 振り返れば、いままで歩いてきた足跡が、どこまでも浜辺に続いている。

 左を見れば花々咲き乱れる【ロクショウ】の森。

 右を見ればどこまでも澄み切った、青空と蒼海。


「思えば、遠くへ来たものだ」


 1000と余年の月日を、は、世界と向き合った。

 初めは逃避で、次は贖罪、最後は――


「……最後は、か」


 そう、俺の旅は、もう終わったのだ。

 もう俺がやるべきことなど、何もない。


「…………」


 長い旅路だった。

 もういいのだろうかと、俺は世界に問い掛ける。

 この世界に融けた多くの命に。

 かつて愛した女性に。

 答えは。

 応えは――



「あー! やっと見つけましたよぉぉぉおおぉぉうっ!!」

 


 思わず耳を押さえたくなる、キーンと鼓膜を貫くキャンキャン声で返ってきた。


「もう! 勝手に僕らの前から姿を消して、いったい今まで何してたんですか! 怒ってるんですよ、僕は! そうでしょ、姉さんだって言ってやってよ!?」

その通りディスライク。私を置いて行こうなど、万死に値します。よってエピネスが代わりに死刑」

「なんで!? なんでなんで!?」

「え? 何故って、このひとは死なない訳ですし……」

「だからって僕を殺す!? 可愛い妹を代わりにする!? 信じられない! 姉さん僕に厳しすぎ!」

「……恋敵は軒並み邪険にする、それが私の流儀です」

「言い切ったよ、この姉は言い切った! 僕不憫過ぎでしょ……」

「……まあ、おまえの事も愛しています。LIKE的な意味で」

「不幸だあああああああああああああああああああああああ!!!」


 絶叫する声。

 それを笑う優しい声。


「…………」


 言葉はない。

 言葉もない。

 ただ呆然としながら、俺は振り返る。

 歩んで来た道とは逆、これから歩もうとしていた道に、彼女たちがいた。

 清らかな砂の様に白い髪に、無垢な色合いの赤の瞳。矮躯の少女は朗らかに笑う。

 風にそよぐ、煌めくような、春に染まったような眩い長髪――そこに揺れる青藍の髪飾り――に、透き通った紫水晶の瞳。振るほどに長い袖の衣装を翻す彼女は、たおやかに微笑む。


「クロウさん」

「クロウ」


 二人が、俺の名を呼んだ。


「ひとりで行くなんて、無しですよ」

「一人旅なんて、許しはしないわ」

「一緒に行きましょう――僕たちと」

「共に歩んでいきましょう――私たちと」



「「さあ」」


 

 微笑み、二人が差し出す手。

 その眩しさに、俺は目を細める。

 そうして、ほんの少しの逡巡の末に――歩き出す。

 青い、蒼い、海と空の境界線。

 いつか見ようと誓ったその場所で、俺は、彼女たちの手を取るために一歩を踏み出した。

 これは巡礼ではない。

 逃避でもない。

 もちろん贖罪の旅でもない。

 これは、生きるという人生の旅路、生命の当然の理。

 だから、歩んでいこう。ひとりではなく、三人で。寂しがり屋の神様が創ったこの世界で。



 人類賛歌は生命いのちの賛歌。

 さあ、新しい旅を始めよう。


 ――この錆び逝く世界で、世々限りなく。




終章、終

Rust ~錆び逝く物語~ 了

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Rust ~錆び逝く物語~ 雪車町地蔵 @aoi-ringo

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