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§§
「クロウ!」
『クロウさん!』
姉妹の声が、俺に力をくれる。
俺はドラゴンの
崩れ落ちるように膝をつく。
肉体のダメージは大きく、感情は錆び付き機能しない。鎧は漆黒に染まっていた。
だが、それでも俺を突き動かすものがあった。
「ヒナギ・クロウ!」
イスカリオテ・マージナル・ヴァイローが、俺へと向けて何かを投擲する。
掴み取る。
それは
「汝が本来の得物――確かに受け渡したぞ!」
音叉刀――共鳴剣レゾナンス。
遥かな昔、イスカリオテに託した俺の剣。
それを支えに立ち上がる。
「――その瞳は、何を見るの?」
聴こえた、アイネスの歌声が。
『――その心は、錆び付いたまま?』
聴こえた、エピネスの歌声が。
全身に、力が漲るのが分かった。共鳴剣を通じ、世界中から音が、歌が、生命の波動が流れ込んでくる。【EVER】が今、進化する。
【FOREVER】!
剣を天空へと掲げ、真円を描き、俺は叫んだ。
『【
鎧を包む闇が罅割れ、砕ける。
俺は今――
◎◎
「なんだね、それは……? なんだというのだねそれは! そんなもの――私は知らないぞおおおおおおおおおおお!?」
リュウガの戸惑うような叫びを無視し、俺は飛翔する。
鎧は完全なる黄金となって、いまその背には虹色の翼が
それは世界中で束ねられた想い。
人の
生物の願い。
生命の意思!
『これが、アルファ・ウェーブスの真実だ!』
「ふざけるな! 撃ち落とせ、撃ち落として魅せよ私のドラゴン!」
【魔竜】の全身を覆う鱗が展開、その下から無数の砲塔が出現し、数千万発の砲火が打ち出される。
「『錆び逝くセカイの運命
擦り切れた聖者の、その道を歩む
心、震えるなら、死なせない!』」
だが、それは一発たりとも俺には届かない! 彼女達の歌が、俺を守り、天へと舞わせる!
羽撃たく。
急旋回。
右へ、左、稲妻の軌跡を刻んで縦横無尽。
回転。
翼をたたんで急降下。
その速度を変換、翼を開き、羽撃たかせて急上昇。
弾幕をかいくぐり、俺は【魔竜】の本体へと至る。
「ぐっ――もっとよく狙え出来損ないのポンコツが! 殺せ、その男を殺せエエエエエエエエエエ!」
余裕と言う仮面をかなぐり捨てた憐れな純白が、恥も外聞もなく叫ぶ。
その姿に【神】を見出すことはもはや誰にもできない。
『イブキ・リュウガ――俺の掛け替えのないものすべて、いまこそ取り戻させてもらうぞ!』
俺は渾身の力で【魔竜】の装甲に覆われた分厚い皮膚にレゾナンスを突き立てる。そのまま急上昇! 超装甲をものともせずに、一気に斬り裂く!
「『
その孤高の魂に、寄り添い導くため歌を紡ぐ』」
『はああああああああああああああああああ!』
火花を散らして両断し、歌の力に後押しされて、剣は終に【心臓】へ至る!
『エピネス!』
『クロウさん!』
碧い羊水の膜を断ち切り、【玉座】の触手を引き千切り、希望だったはずのその玉座を打ち毀し、俺はその矮躯を抱き寄せる。
白い髪、赤い瞳、大切な俺の――
『いくぞ』
「はい!」
エピネスを抱きかかえ、再び飛翔、アイネスたちのもとに舞い戻る。
「エピネス、よく無事で!」
「姉さん、僕は――」
「後で聴く、あとで必ず聴くから。だから」
「うん!」
涙を流し抱きあう二人を見届け、俺は背後へと振りかえる。
歌が中断したことで翼が消滅。
だが、【魔竜】も【中核】たるエピネスを失ったことで崩壊寸前だった。
その崩壊を、押しとどめる者がいた。
「認めるものか――こんな茶番を認めるものかアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
完全に神の尊厳を剥ぎ取られ咆哮する純白が、自らの【NEVER】を開放。
ドラゴンと己を一体化させる。
『最ィ終ぅ楽章ぉぉだあああああああああああ! 世界はぁ、私のものだァァッ! 私のアルファ・ウェーブスが、この
違う。
違うんだ、リュウガ。
アルファ・ウェーブス、それは。
『それは、生命の輝き。すべての物質は固有の振動を持ち、意志を持つ。その揺らめきを、想いを、俺達はアルファ・ウェーブスと呼んだだけだったんだ』
宇宙の始まりが、たった一節の旋律から始まった様に。
小さな原子、人間、動植物、【錆】にさえ振動――命の響きはあり、意志がある。
【HOPE】は【祈望】――すべての命が抱く、原初の想い。ともに存在し続けようとするそれだけの願い。
お前が人類を束ねる必要などなく、元よりすべて運命共同体なのだから。
だから、もう、すべてを終わらせよう――
『認メルカ……ソンナモノォォォ、スベテガ
最早瓦解を初め、白き竜は醜く変貌を遂げる。真にバケモノと化した、かつての恋人の父親に向け、俺は剣を構える。
世界の歌声――生命の真理がレゾナンスに集う。
「「宿命に
心無き闇に落とされた、落日は必ずまた昇る」」
【
「「夜明け共に、輝くその命
愛するは、彼のその瞳」」
【
「「虹の翼、その背に帯びて 夜を切り裂き
――FOREVER!」」
【響命剣】
物語の英雄は、悪い竜を打ち破り、姫君を助け世界を救う。
自分が英雄だなどと思ったことはないが。
それでも俺は、守りたいものを護るために――その刃を振り降ろした。
『【
万象/極彩色/虹色の命の輝きが。
旋律/波涛/奔流となって【悪竜】イブキ・リュウガを掻き消して――
『――ほどけていく、わたしが……? ぜんのうの、かみたるわたしが、なぜ……なんだ……この、あたたかなひかりは……ああ……そうか、これが……せかいと、いのちの――』
光が、遍く世界を包み込む。
「「
――光に解けるこの身が、最後に聴いたのは――愛する二人の、清らかな歌声だった。
第八章、終
終章へ続く
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