例えば、特定の文化や視点、生活様式を基とした倫理や誠実さは、汎的な物質社会において若干非合理的とも言えますから、文化の発展や融合の過程でそれらをオミットすることは自然ですし、そう長くはなく広くもない地球人類の歴史においても間々あったことです。
そのまま合理性を突き詰めて不条理に行き着いてしまうことも、少なくはありません。
物語の舞台は宇宙規模のブラック企業。
他人事だから笑えるブラックジョーク、小気味良い説明過多、理不尽な権力を持つ上司、面倒臭い同僚、度々妙な思想に染まるロボット。
不条理で命懸けの業務命令に翻弄される、閑職社員が主人公のコメディです。
ダグラス・アダムス著『銀河ヒッチハイク・ガイド』に影響を受けたと明言ないし暗示している作家は、SFに限らず、ミステリやファンタジー、様々なジャンルに散らばっていますし、そこから更に下の世代へも連鎖的に影響を広げています。
この小説は、ある種の1980年代海外SFが持っていたセンスや空気感を「同じジャンル」だからこそ、今の日本語圏にも合わせて磨き上げることのできた傑作です。
章単位でエピソードが完結しているので、まずは1章『失われたライムタルトを求めて』を御一読ください。
利益のためならばどんな違法行為でも平然とまかり通るのが主人公のセン・ペルが働く汎銀河企業体メロンスター社の実態だ。
自社製品の故障やシステムトラブルは当たり前、顧客からのクレームは大量の申請書類で煙に巻き、納税を巡って税務署と宇宙戦争を繰り広げる。
底辺社員であるセンが上司の命令に振り回され、毎度のごとく危機的状況に巻き込まれる姿が滑稽で不謹慎ながらも笑いがおさえきれない。
ブラック企業を越えたダークマター企業ぶりにドン引きだが、さらに宇宙規模でも常軌を逸した文化や風習が偏在する独特な世界観を構築していて、物語全体に星屑のごとく散りばめられたブラックユーモアの数々に腹筋が重力崩壊する。
社会人として働くということは理不尽というロケットに乗り込んで未知なる銀河へと旅立つようなものだ。
今春、新社会人になった方々に是非オススメしたい。
うち会社はまだマシだった!と職場と上司に感謝の念がわくことだろう。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=愛咲優詩)
世の中には「何を話しても面白い人」がいます。
平凡な日常の出来事を漫談として成立させてしまう人たち。小説でいうと文体や比喩などを含む語り口に該当する面白さです。「この人は日常会話も面白いんだろうな」と思わせる文章を書く人、いますよね。個人的には作品より近況ノートに顕著に表れる部分だと思います。
対して「誰が話しても面白い話」というものがあります。
そんなの誰が話しても面白いに決まっている、いわゆる「ズルい」話。小説でいうと設定やストーリーに該当する面白さです。小説においてその面白さだけで最後まで読ませるのは至難の業ですが、それでも「自分風に解釈したいから骨組みだけ貸してくれないかな」と思うぐらいベースラインが魅力的な作品はあります。
では「誰が話しても面白い話」を「何を話しても面白い人」が話したらどうなるのか?その問いに僕はこう答えましょう。「汎銀河企業体 メロンスター.Inc」を読め、と。
本作のコンセプトはシンプルです。銀河的大企業メロンスターでシュレッダーマネージャーとして働くセン・ペル氏が数々の理不尽で酷い目にあう様を愉快に綴るSFコメディ。ですがこの説明は本作の魅力を、何を食べても「おいしいです」しか言わないことに定評がある草なぎ剛のグルメリポート並に伝えることが出来ていません。僕は作中でいうところの知能が低い地球人なので上手く語れるかどうか分かりませんが、本作の魅力を「ベースラインの魅力」と「語り口の魅力」に分けて解説を試みたいと思います。
ベースラインの魅力は「ブラック企業でこき使われる社畜」という身近な題材を軸にしておきながら、何もかもが宇宙的でスケールが大きいというギャップ。キャッチコピーの「宇宙系社畜物語」は伊達ではありません。今すぐに恒星間戦争が始まってフォースとか暗黒面とか言い出してもおかしくない世界観の中、語られるのはあくまでも一社畜の悲哀。このズレが全編に渡って何とも言えない奇妙な面白味を醸し出しています。
語り口の魅力は至るところ挟まれる特殊な世界観を利用した小ネタのおかしさ。例えば序盤、主人公のセンは新しく発注したシュレッダーロボを起動させようと試みるのですが、この際にロボの取扱説明書が宇宙に存在するありとあらゆる言語で書かれているせいでページ数が可算無限数になっていて、自分が読める言語で書かれているセクションを見つけるのにギャラクティカジャンボくじの一等に当たるくらいの運が必要で、判読には取扱説明書判読士の資格が必要という解説が挟まれます。こういう小ネタがいちいち面白い。軽妙洒脱に語られる作りこまれたネタの数々は、作者様の高いユーモアセンスをまざまざと感じさせてくれます。
落語の骨子だけを要約して話しても何が面白いかわからないように、この手のセンスで読ませるコメディは読まないと面白味がわかりません。まずは読んでみてください。なお、作者様が作品を面白おかしく仕上げているせいで作中でいいところが微塵も語られていないメロンスター.Incに好感を持ってしまうことがあるかもしれません。そういう方はブラック企業のブラックっぷりを面白おかしく語る話を聞いた時、雰囲気に流されて「なんか楽しそう」とか思ってしまう傾向がありそうなので変な企業に捕まらないように注意しましょう。それはそれ。これはこれ。
まだ読んでいる途中ですがとてもおもしろいので我慢できずオススメさせてください。
文明が成熟し宇宙へと広がった人間社会。その中でも名のある大企業に就職した主人公ですが、その就職までの意外な流れがまずは好きだなぁ……と感じました。
そして就職した主人公の業務もこれまたユニーク。
人を描きつつも、しっかりと社会や企業の合理性も描く。そしてその合理性というものがなんとも間抜けなものでおもしろいし、そのうえで社会や企業や登場人物たちはその間抜けな作業に真面目に取り組むので、そこになんとも言えない可愛らしさがにじみ出る。
SF作品として非常に魅力的な物語です。ぜひ読んでみてください。
いやperfectでも全然いいんですが、度し難い点が一つだけあり、それはこの話が無限に続いていないことです。終わりがあることがその完全さを阻害している。この宇宙には「もったいないからちょっとずつ読もう」と決意するのにその決意に抗えず気づけば読み終わってしまっているという類のある種麻薬的な物語が存在しますが、これもその一つです。
ごく簡単に言うとセン・ペルちゃん(料理上手)が不条理に巻き込まれ、しかし強かにサバイヴする話ですが(読み返して気づいたのですが、きちんと解決方法に対する「伏線」も張られています。これをしれっと書いているのが凄い)、悲壮感はゼロですげー楽しいです。()で語られる物語の楽しさも熱い。果てしない物語であります。
幸いなことはまだ連載中であること!! いやー無限に続いて欲しい。この宇宙の終わりまで。