第282話/納得の ※一部非公開 (第3;最新話)

第282話


「……どうして、あんなこと言ったの」


 降下し続けるエレベーターの中で、ゆりがぼそりと呟いた。


「ん?」

「ひまわりちゃんを呼び止めたでしょ。わたしがツっきん寄りなわけじゃないって否定した」

「あぁ、否定した理由が気になるのか?」

「べ、別に」


 そっぽを向いたゆり。

 しかしややあって気まずそうに顔をこちらに戻すと、


「……理由は?」

「お前らに仲間割れして欲しくない。全員で仲良く魔法少女を続けて欲しいからだ」

「アガルタに行きたいから?」

「そうだ。魔法少女になったお前らが揃っていなければアガルタに辿り着けないだろ?」

「うん……わたし達から見ても難しいだろね」


 やはりだった。アガルタに到達するには魔法少女全員が必要不可欠。

 となれば、この世界でのハッピーエンドはほぼ確定する。


(魔法少女からの信頼を回復して全員一緒にアガルタへ。そうしたら俺の希望も魔法少女の願い事も全て叶えられる。これほど都合のいい結末はありえないだろ)


 だからこそのハッピーエンドだ。仮に違うなんてことになったら俺の同志も著者に猛反発するだろう(←合ってます。by著者)。


「もしかして。ゆりはツっきんの味方になりたかったの?」

「えっ、」

「ツっきんがひまわりを呼び止めたの、あんまり嬉しくなさそうじゃん」


 突拍子もないアリスの質問に、ゆりがうげぇと苦笑いした。


「……う、うーん? わたしはツっきんに味方したいというか、ぼたんちゃんを捜すなら皆でしたかったんだよね」

「おいおい。エレベーターに乗る前、俺に一人で行って欲しいって言ったのは嘘だったのか?」

「嘘じゃないよ。だって『皆で』じゃないでしょ?」

「……、なるほど」


 ぼたんを捜すなら皆で。

 どうやらゆりには強いこだわりがあるらしい。


「すみれ達もいないと意味がないってこと?」

「そうじゃないよ。ぼたんちゃんがいなくなったのは皆に責任があると思うんだ。だからできたら皆で責任を取りたいの。ツっきんも分かるよね?」

「あ、あぁ……」


 俺は事情を知らない。責任を取りたくても肝心の記憶がない。


(ゆりから聞き出したいとこだが……俺が聞くのは無理があるな。アリスに頼るしかない)


 俺はアリスの首筋をちょんと突いた。


「あんっ♪」

「どうした? 爪立てた方がいいか?」

「……」


 アリスが無言でぶるぶると頭を振っていた。従順で何より。俺がこの姿でいる内はアリスの喘ぎ声は禁止にしよう。


(まぁ俺がアリスで興奮するなんて絶対ありえないけどな。念のためだ。アリスバンドが不具合でビリビリするかもしれないし)


 とにかく、ぼたんがいなくなった原因が知りたい。


「……ねぇ、ゆりー?」

「何?」

「どしてぼたんって子はいなくなったの?」

「ぼたんちゃんは願い事をね、どうしても叶えたかったんだと思うよ」

「んー? 叶えるためにいなくなったってことー?」

「うん。すみれちゃんも言ってたけど、ぼたんちゃんは一人でアガルタを目指して深層に消えたの。願い事を叶えるために」

「一人で行くって、危なくないの?」

「危ないよ。ううん、危ないってレベルじゃなかった」


 ゆりの目に真剣味が帯びた。


「わたし達全員で深層手前までは行ったんだけど、そこには命に関わるくらいの明確な絶望があったんだよ」

「明確な絶望だと? あっ」

「えっ?」


 しまった、と思った時には俺の口が動いていた。

 ぼたんと深層手前まで行ったのは当然、この姿の俺も含まれているはずで。


「まさかツっきん……平気だったって言いたいの? あの黒い魔素を直に浴びて半分消えかかってたのに……!?」

「い、いや!? ちゃんと絶望してたぞ!? してたしてた!!」


 ゆりが運よく誤解していたが、殺気がハンパなかったので俺は必死に嘘の弁明をした。


「まったく……ツっきんは人が変わちゃったのかな。人じゃないけど」

「すまんすまん」

「とにかく、わたし達は深層手前まで来てアガルタを目指すのを諦めたの。黒い魔素が充満しているなんて話は聞いてなかった。ツっきんがずっと隠してたんだよ」

「隠し事してたからツっきんを嫌ったの?」

「そうだよ。アガルタへと続く深層は、目で見てすぐに判るほどのだった―――それを教えられないまま、わたし達はこれまでいくつもの死線を潜り抜けてきた。皆本当に命懸けだった」

「ふむふむ」

「なのに、やっとの思いで深層手前までたどり着いて、その先が毒ガスみたいなのが充満している場所だったんだよ? こんなんじゃ、ツっきんを許せないと思うのが自然だよ」

「うん、それはツっきんの屋外追放が妥当だお」

「でしょ? わたし達だって願い事を諦めることになったんだしさ。ツっきんへの罰はもっと重くしてもいいんだよ」

「頼むから勘弁してくれ……」


 ゆりに懇願してしまう俺。……だが確かに、ゆりが語った内容が事実ならば、重大な隠し事をしていた俺は恨まれても仕方がない。


(深層には毒ガス同然の黒い魔素か。つまりそれを何とかしないとアガルタには行けないのか……)


 そもそも魔素は、魔法少女が魔法を使うためのエネルギー源なのだろう。だとすれば毒ガスという表現もしっくりくる。黒い魔素を取り込んで魔法を使えば死に至る。死んでしまっては元も子もないので彼女達は願い事を断念した。


 そして、魔法少女を辞めた―――。


(正直、ゆりの言う通りだ。俺の罰はもっと重くていい)


 実際に重くされると困るわけだが、俺の気持ちは少女達への同情に大きく傾いていた。


(……前の世界とは違う。納得できる)


 前の世界は、(※※※※第2のネタバレになるため現在非公開※※※※)ならない酷いオチだった。当然、俺個人は全く納得できないトゥルーエンドだった。

 だが仮に今回、ゆり達の幸福やトゥルーエンドにも俺の死が必須だったら。


(死んでも構わないな。それだけ俺は悪役で罪深い存在ってことだ)


 しかしながら連チャンで俺の死が必須になるとは考えにくい。いくら変人な著者でも別の路線を設けていると断定できる。


「それにしてもこのエレベーター、降りるのめちゃ長くない?」

「確か四千メートルくらいあるからね。あとちょっとの辛抱だよ」

「うぇー、だんだん具合悪くなってきたー……」


 アリスが壁に寄りかかって項垂れたので、


「吐くなよ」

「むぐっ!?」


 背後から彼女の口を塞いだ。

 我ながら鬼畜だったが密室で吐かれたらこっちまで吐きたくなってしまう(迷惑)。


「んー! んー!」

「が、頑張ってアリスちゃん! たぶんあと……千メートルくらいだよ!」

「んん――!!」

「やだ……ツっきん、アリスちゃんが白目剥いてるよ!?……うぐっ」


 ゆりが信じられないものを見たかのように顔面蒼白になる。繊細な性格なのか、彼女もまたアリスに影響されてリバースしそうな状況に陥っていた。


 乗り物酔いで吐きそうになっているアリス。

 アリスリバースを見たら吐くかもしれない俺。

 アリスの白目を見て吐くかもしれないゆり。


「よし、俺は諦めた! アリス、思う存分に吐くといい!」


 アリスの口から手を離す俺。

 ……そう、全てはゆりの放送事故リバースを防ぐために……(使命)!

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