第2章/地底捜索

第281話/望まぬ不仲

第281話


 俺とアリスとゆりは、とあるエレベーターの前に集合していた。


「……ねぇ、本当にアリスちゃんも行くの? 危険だよ?」

「はは。心配するなよ、ゆり。アリスじゃ俺を守れないが、お前が同行してくれれば俺を守れるじゃないか」

「違うんですけど! アリスちゃんに危害が及ぶかもしれないからわたしも同行するのであって、本当はツっきんだけで行って欲しいんだよね!」

「右に同じ!」

「だよね! えっ?」


 ゆりの頭頂部に疑問符が浮かび上がったので、俺はアリスの首筋に軽く爪を立てた。


「(おい! ゆりに本音を漏らすな!)」

「(ヤだ! ゲーム、ゲームがしたいのおおお!!)」

「(飼い主がペットの世話そっちのけでゲームしてていいわけないだろ!)」

「(うぇーん! こんなの詐欺じゃん! あたし飼い主じゃないのに――!)」


 ―――ヒツマブシ姿の俺は現在、アリスが背負っているリュックサックの中から彼女の肩に半身を乗り出していた。

 傍から見れば飼い主とペットの仲睦まじい散歩スタイルだ。しかしアリスにリュックを背負わせるのは中々に骨が折れた。


「あ、アリスちゃん? 右に同じってどういう意味? ええと……魔法少女とアガルタ、ペットのツっきんのことで興味が湧いてきたから、ツっきんの『足』になったんじゃないの?」

「そだよ。ツっきんと歩くの楽しみー」

「はは、足下に気をつけて歩けよ?」


 ……責任を持つから飼ってみたいと言ったにもかかわらず、ペットの面倒を見ず、涼しい場所でだらだらとゲームに没頭している駄女神。そのていたらくを同志達は許すだろうか? アリスファンが減るどころか、アリスアンチが増えてしまう(断言)。


「(あたしのアンチなんていないし! というか、ツっきんに飼ってみたいと言わされただけだし!)」

「(じゃあ、どうして俺に付き合ってるんだっけか?)」

「(決まってんじゃん! アリスファンをどんどん増やすため!)」

「(素晴らしいな)」


 こりゃもう爆増だ。魔法少女達の人気が霞んでしまうほどかもしれない。

 ……という感じで説得したらリュックを背負ってくれたわけだ。


(けど、いつまで付き合ってくれるか怪しいもんだ。さっきもゲームがしたい衝動でゆりに本音漏らしてるしな)


 アリスがいてくれなければ、ゆりが同行してくれない事態にも陥る。そうなったら最後、俺だけでぼたんという少女を捜さなければならなくなる。恐らく無理ゲーだ。


「遅くなってごめーん」


 廊下を歩いてきたのはひまわりだった。無論だが裸ではない。黄色のジャージを着ていた。


「お前、ここに来たってことは、俺達に同行してくれるのか?」

「ん? うちは行かないよ?」

「何だ。勘違いか」


 実はゆりも白ジャージに着替えていたので、てっきり俺は『お決まりの服装』でもあるのかと思った。


「うちは確認のために来たんだよ。停止中のエレベーターを稼働させたけど、ちゃんと動くかの確認」

「……、お前がエレベーターを管理してるんだよな」

「そりゃうちが家主だし」


 やはりだった。ひまわりはこの建物に一番詳しい。つばきがそう口にしていたのを覚えている。


「それと伝言」

「伝言……?」

「そ」


 ひまわりが怪訝そうなゆりを見た。


「うちらがツっきんのぼたん捜しを手伝ってはダメってルールはないんだけど、捜索の期限はあるんだ。すみれとつばきから伝えるよう言われてる」

「いつまでなの?」

「今日を含めて三日間。だってさ」

「たった三日間!?」


 ゆりが驚いていた。それほど短い期限なのだろうか。

 俺には実感が湧かないので反応しづらかった。


「そんな……ぼたんちゃんが今どこにいるかも分からないのに……三日間じゃ行ける場所が限定されちゃうよ……」

「はぁ……。ねぇ、ゆりー?」


 ひまわりが露骨な溜息を吐いた。


「うちら、ツっきんに酷い思いさせられたの、忘れた?」

「あ、ごめんつい……」

「ツっきん寄りのリアクションはしない方がいいんじゃないかなー。捜索期限の短さなんて逆に喜ぶべきとこだし」

「…………。うん……」

「はっきり言って、ゆりがツっきんに同行するの面白くない」

「…………。そう、だよね……」


 ひまわりがエレベーターのボタンを押す。ゆっくりと扉が開いた。


「稼働してるね。じゃ、いってらっしゃい。ぼたんを捜してたら迷子になって帰れなくなった、なんてオチだけはやめてよ?」

「うん……ひまわりちゃんごめんね」

「謝られても困るよ。はぁ……」


 もう用事はないとばかりに、ひまわりが踵を返したところで。




「待てよ」




「……、」


 俺はアリスの肩口から前のめりになって黄色い少女を引き留めた。


「あっちゃー、うちったらアリスに声かけとくの忘れてた! ツっきんに指摘されるとは何たる不覚!」

「違う。俺はアリスにも声かけろなんて言いたいんじゃない」

「……へえ? だったら何のつもりさ?」


 ひまわりが乾いた笑みを浮かべる。

 喧嘩上等とでも主張しているかのような態度だ。


「ゆりはな、俺を手伝いたいんじゃない。アリスが心配だから同行してくれるんだ。アリスも飼い主の責任があるから仕方なく俺に付き合ってくれる」

「だから?」

「仲間内で険悪になるな。今は全部、俺だけが悪いと思って納得してくれ」


 少女達の人間関係の悪化は決して俺の望むものじゃない。

 ゆりとひまわりの仲が悪くなっていくのを黙って見過ごせるはずがなかった。


「はいはい分かった善処するよ。ゆりもアリスも、ツっきんが少しでも妙な真似をしたら置き去りにして戻ること。おーけー?」

「うん、しっかり見張っておくね」

「もちのろんげ!」

「……。フラグじゃないことを祈る」


 俺達はエレベーターの中に入っていく。ひまわりが「じゃ、頑張ってねー」と手を振った直後に、扉は完全に閉じられた。

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