第280話/四人の願い事よりも

第280話


 ライター(?)を傾けて紫色の光を浴びたすみれは、飴細工が溶けるかのように姿を消した。その直後には彼女と等身大くらいの蕾が生えてきた。


(光を浴びたら蕾状態の花が現れた……!? まさか、さっきのライターみたいなのが変身アイテムで、この巨大な蕾が開けば……!?)


 俺の予想は正しかった。

 紫色の……すみれの蕾が開花する時、彼女が魔法少女に変身を遂げているのだと。




「―――久しぶりね。魔法少女に変身するのも」




 殻を破るように蕾の中から舞い降りた少女。その姿はアニメでよく見る一般的な魔法少女だった。

 スカート部がゆるふわな露出少なめのワンピース。全体にリボンとフリルがあしらわれ、魔法少女の可憐なイメージそのままだ。

 強いて言えば、すみれの花を模したネックレスとブローチは特徴的かもしれない。色合いからも落ち着いた大人な女性にとてもよく似合いそうだ。


 ……そう、すみれ本人に似合っているかどうかは別の話。


「んがっ!?」


 いきなりだった。

 すみれが俺の首に掴みかかってきたのは。


 俺は体を強引に持ち上げられると、壁に強く打ち付けられてしまった。


(な、何だこのバカヂカラは!? 今どきの少女は握力鍛えてるのか!?)


 少女には全く似つかわしくない怪力だ。下手すると成人男性よりも強いかもしれない。魔法少女に変身したからなのだろうか。


 いや今はそんなことよりも、


「ど、どういうことだ!? お前、魔法少女を辞めたんじゃなかったのかよっ……!?」

「どういうことだと問い詰めたいのはわたし達の方よ」


 すみれが俺を睨んでいた。他の少女達も不審な眼差しで俺を見つめている。

 まるで被害者達に磔の刑にされている罪人の気分だ。


「あなたはさっき、わたし達の願い事を叶えてやると言ったわね?」

「あ、ああ」


 少し後悔し始めているものの、意気込みがあるのは本当だ。実際に叶えてやれるかは分からないが、誠意を見せるために努力したいのも本音。


「そう。ならやっぱりおかしいわね。皆もおかしいと思ったわよね?」


 すみれの言葉に他の少女達も頷いていた。なぜかアリスも頷いているが、彼女は周りに合わせているだけだ(確信)。




「わたし達は、願い事を叶えられるから魔法少女になると決めた。だけど、願い事を叶えるのは自分自身の魔法によるもの。




「…………。えっと、」

「ツっきんには誰かの願い事を叶える力はないって。うちらにそう言ったじゃん」

「ふふっ。アガルタに到達できればどんな願い事も叶えられる、とも言ってましたわね」

「願い事は一つに絞らなくていい。魔法少女になってアガルタに行けば何個でも魔法で叶えられる……とも言ってたよ」

「…………………そうだっけか」


 あれ。もしかして俺、無神経すぎた?

 本来、触れるべきではないとこに触れてしまったかのような……(汗)。


「つまりあなたは今まで嘘を吐いていた。さっき、『自分には他人の願い事を叶える力がある』と遠回しに認めたのだから」

「い、いや。力があると言うかその……あれは言葉の綾みたいなものでだな、」

「否定するの? 冗談で言ってみましたと? あなた、わたし達が願い事を叶えるためにどれだけの死線を潜り抜けてきたのか、忘れてるはずないわよね……!?」

「あ、がっ!?」


 これはマズい! 絞め殺される! とてもじゃないが冗談でしたごめんなさいなんて謝れる状況ではない!

 それこそ少女達の……『魔法じゃなければ叶えられそうにない』願い事を叶えてやると宣言しなければ……!


(でもどうする!? 完全に地雷を踏んだぞ! 今をやり過ごせたって、結局は後で殺されるじゃないか!)


 今、願い事を叶える力があると嘘を貫き通しても、少女達の願い事は叶えられない。次こそは確実に殺されてしまう!


「すみれちゃん、ちょっと待って」


 俺が死にかけていたまさにその時、女神のごとく救いの手を差し伸べてくれたのはアリス……ではなく、ゆりだった。


「何? どうしたの?」

「うん、あのさ。ツっきんにしてもらいたいことって考え直してみたら、わたし達の願い事よりも大事なことがあると思ったんだ」

「っ! それは、」


 言われなくても分かったのか、すみれが怯んでいるようだった。

 気づけば俺の首を絞める力も弱まっている。


「えっ。うちらの願い以上に大事な? ごめ、うちには考えられないや」

「あらひまわりさん。少々お冷たいのでは? 『あの子』に泣かれちゃいますよ?」

「あー……別に忘れてたわけじゃないんだけどね」


 ひまわりも何か察した様子だったが、


「でもさ。ツっこみどころあるっしょ。冷たいのはうちら全員じゃん」

「「「……、…………」」」


 しーんと静まり返る室内。事情を知らない俺でも気まずい空気が流れていると容易に感じ取れた。


「…………そうね、」


 やがて口火を切ったのはすみれだった。


「わたし達は、魔法少女を辞める意思を固めた。それはあの子を見捨てたようなもの。冷たいと言われても仕方ない。だけど、」

「だけど?」とひまわり。

「わたし達があの子を見捨てたのは、ツっきんのせいでもあるし、あの子自身の行いのせいでもある」

「……ふふっ。間違ってはいないですね」


 つばきが笑ったが、彼女の目は笑っていなかった。


「皆が皆、それぞれ事情を抱えてそれぞれの道を進むのです。他人の心配ばかりしていたら自分の進むべき道を見失ってしまいますよ?」

「で、でも、ぼたんちゃんは!」

「大丈夫よ、ゆり。わたし達の願い事よりも大事なことがある、だったわね。そうね、少なくとも願い事が優先されるべきではないのは確かよね」

「すみれちゃん?」

「魔法少女を辞めたということは願い事は諦めたのと同じ。なら、わたし達が一度固めた意思を、ツっきんの誘惑ごときで撤回してはならないのよ」


 すみれが俺の首から手を離すと、他の少女達に振り返った。


「ねえ。ゆりからの意見も聞いた上で、提案があるのだけど」

「うんうん。ほぼ読めた。何だかんだで気になっちゃうもんね」

「ええ。元々はツっきんが蒔いた種ですし、ここはツっきんに責任を取ってもらう意味でお願いしちゃいましょう」

「じゃ、決まりね―――」


 話し合いにもなっていない手短な会話だったが、少女達の俺に対する裁きの鉄槌は確定したようだ。




「わたし達の願い事は叶えてくれなくて結構よ。その代わり、アガルタを目指して深層に消えたぼたんを見つけ出してきて頂戴」


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