終章 それでも風はこれからも吹き続ける
第26話 エピローグ
キズィファ族は一網打尽にされた。アルヤの誇る
族長シャヴカトを罪人として処刑したのは、あの、カズィ・ナディルだった。
先日彼はシャヴカトの首を持って牢の中に暮らすエザンの前に現れた。
屈託のない笑みを見せ、お前の息子の
エザンはそんな彼を見るのが嬉しかった。
アリムはアルヤで孤独だったわけではない。カズィ・ナディルの記憶の中でもずっと生き続けるに違いない。
キズィファの戦士たちが根こそぎ
イゼカ族も徐々に元の生活へ戻っていったようだ。
今はイゼカ族もティズカ族もアルヤ王国軍と契約を結ぶため慎重に和議を重ねている。
テュルキア族やケルクシャ族も参加して、北チュルカの部族連合の編成も計画されているという。
その会合に出張で参加していたナムザの報告によると、ナズィロフは傷の回復とともに少しずつ口数も増えてきているとのことだ。まだ会合に参加できる状態ではないそうだが、思いの他ザリファが献身的に看護をしているらしい。
また、デニズは元気な男児を出産したと聞いた。彼女は息子にアリムと名付けて大事に世話をしているようである。五体満足の健康児で、デニズの乳をよく飲むそうだ。トゥバも初孫を溺愛して離したがらないらしい。
正式にイゼカ族の族長の座に就いたのは、結局は、ヤシェトであった。長老たちが今の消耗し切ったナズィロフに族長の重責を
反対意見も多かったそうだ。イゼカ族はまたもや空中分裂の危機に陥った。
イゼカ族の様子を見に来たカズィ・ナディルがどうにか調停したらしい。
決め手はなんとヤシェトの後見をカズィ・ナディルが引き受けてくれると言ったことだった。
ヤシェト自身、カズィ・ナディルにイゼカ族の族長として最後まで務め上げる気はないと語ったという。ナズィロフが族長として活動できるまで回復できた暁には、すぐにでも交替する気でいるそうだ。
彼は感情の変化を見せる回数が極端に減ったと聞いた。
罪の意識に
だが、さほど深く気に病むことはないような気もする。
長老たちがティズカ族の娘の中からヤシェトの花嫁候補を探したり、トゥバがヤシェトの好物の料理を作ったりしている。小さなアリムはヤシェトが抱くと喜ぶ。あの時一緒にアルヤへ攻め入った、罪の意識を共有してくれる友達も大勢いるはずだ。
ヤシェトはけして独りではない。エザン以外にもヤシェトを支える者がいる。
思い残すことはない。
空は晴れていた。
雲一つなく澄んでいた。
太陽だけが輝いている。
太陽が我が物顔で空を支配している。
しかし風は
ヤシェトにはずっとこの風のようでいてほしいと思った。
いつかは彼の望んでいたとおり何にも囚われず空と大地の
そして、自分との記憶が、そうするための
「エザン殿、支度が出来申した」
処刑のための湾曲刀を携えて現れたのは、ナムザであった。
彼は騎馬隊の黒い正装を身に纏い、窓から空を見上げて待っていたエザンへ、「手筈はすべて整い申した」と告げた。
「イゼカ族のことはカズィ・ナディルと拙者にお任せくだされ。貴殿の
「他に何かござれば今」と問われた。エザンは「否、結構でござる」と答えた。
「では、いざ」
門を抜け、処刑広場に出た。
大勢の人々が待っていた。
アルヤ人だけでなく、チュルカ人やサータム人、ラクータ人もいる。
まるで世界の縮図のようだった。
イゼカ族がこの中で活躍できる日が来ると思うとそれはそれで嬉しい。胸の内に風を抱いたまま、広い世界を流れていってほしいと思う。
処刑台の上に座った。
ナムザが背後に立って刀を構えたのが影の形で分かった。
「最期に一言頂戴致したい」
エザンは頷いた。
「この身は罪人として死すとも、この魂は最期まで戦士として死にゆくことができることに、心から感謝致し申す」
ナムザが「しかとお聞き致した」と言った。
「拙者はこれにてお
「委細承知。では」
頭上で太陽が輝いた。
風も負けじと吹き渡っていた。
エザンは満足しまぶたを下ろした。
草原を吹き渡る風の記(旧題:ダシュテダースターン) 日崎アユム/丹羽夏子 @shahexorshid
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