第36話.『2番窓口のウグイス嬢』




 キリカとローウェルに声を掛けて、一緒に指定された2番窓口へ向かう。

 窓口には、若草色の髪をポニーテールに結った若い受付嬢さんが座っていた。

 水色の制服を着た彼女は、可憐な容姿にはミスマッチの黒いネックコルセットをしている。首に人には見せられない古傷でもあるのだろうか?

 にこやかにお辞儀をすると、私が差し出した番号札を丁寧に受け取ってくれた。


「おはようございます、ようこそ職業斡旋所へ。お客様の担当させて頂きます、ウグイスと申します。本日はどなたの登録をなさいますか?」


 わお! 正真正銘のウグイス嬢だ!

 可愛いし、声綺麗だし、スタイル良さそうだし……男の本能が擽られちゃう。

 無意識に鼻の下が伸びていたらしい。隣のキリカが、ジト目で私を睨んでいる。

 慌てて、咳払いで誤魔化すが遅い気がする。

 冷静に考えてみろ、キリカが嫉妬を露にしている……だと?

 うへへ、なんかモテてる男みたいな優越感あるなぁ。

 まさか、これがハーレムってやつの始まり!?


「こちらの男性なのですが……紹介状があるので、まずはこちらを確認して頂けますか?」

「畏まりました。確認させて頂きますので、少々お待ちください」


 ウグイスに封筒を渡すと、席を立った。

 受付を覗き込んでウグイスの行き先を追えば、間仕切りの向こう側へ消えて行ってしまった。

 ウグイスさん、後姿も様になってるなぁ。


「……シャリオン様は、スタイルのいい女性がタイプなんですね」

「え? キリカちゃん、何か言った?」

「……何でもありません!」


 うわぁ、そっぽを向かれちゃったよ。

 大変、キリカちゃんがおこだ……、こんなに怒るキリカは始めて見た。

 ウグイス嬢については、女性目線で「憧れちゃう!」ってだけで下心はない。

 下心は……ない、絶対ない!

 そうこうしていたら、ウグイスが早足で戻って来た。


「お待たせ致しました。こちらへどうぞ」


 どこか焦った様子のウグイスは、説明も無しに私達を受付横の別室へと案内した。お、ルーシアスをロビーに置いてきちゃったな。

 まぁ、本人は「子供じゃない」って日頃から口癖みたいに言ってるし、一人にしても大丈夫か。

 お友達と喧嘩しちゃ駄目だよ。勇者との約束ね!




 別室の中は、応接室風の個室だった。

 ウグイスと私達以外は誰もいない。奥にドアがあるが、何処に繋がっているのかは不明だ。ウグイスに「どうぞ、お座りください」と勧められたので、ローウェル、私、キリカと並んでソファーに腰掛ける。

 何となくだけど、通ってた小学校の応接室に似ててソワソワしてしまう。

 悪い事は何もしてないけど、保護者を呼ばれそう。

 今の私に保護者なんていないんですけどね。

 ウグイスも向かい側に座り、抱えていた分厚い本をテーブルにそっと置いた。

 私の前に数枚の書類を並べておくと、胸元に手を当てて深呼吸をした。

 どうしたのだろうと、ウグイスの表情を見る。

 何だか嬉しそうだ。頬はほんのり紅潮してるし、目がキラキラしている。


「事情は、一通り把握させて頂きました。勇者様の担当をさせて頂けるなんて、翼人族の一人として大変誇らしいです」

「ウグイスさん、翼人族だったんですか?」

「はい、よく驚かれます。翼人族がどうかを見分けるポイントを教え致しますと、ずばりコレですね」


 そう言うと、自分の首元を覆うネックコルセットを指差す。

 そう言えば、翼人族は喉に魔鳥石と言う魔石が産まれつき付いてるんだっけ?

 理由は分からないけど、普段はこんな風に隠して生活しているのか。


「翼人族は、鳥の名を子に名付ける風習があります。鳥の名を名乗ったら、翼人族だと思って頂いてよろしいかと……」 


 ウグイスは頭を少しだけ傾けると、口元を押さえてクスッと微笑んだ。

 確かにウグイスも鳥の名前だ。これからは、人の名も注意して聞こう。


「検問所でも気になったんですが、勇者の知名度って高いんですか?」

「勇者様は、この世界に恩恵をもたらす存在。公表すれば、国中が瞬く間に大騒ぎです。だからこそ、その正体を知る者のは極一部の者だけ……もちろん、大きな混乱を防ぐためです」


 良かった。『勇者=英雄=トップスター』って扱いは、この世界にもあった。

 国中が大騒ぎか……そりゃ、ルーシアスが人払いをさせたり、こうやって個室に案内されるわけだ。つまり、『勇者』だって下手気に吹聴しない方が良いって事だ。

 それにしてもウグイスは接客が上手いな。

 まずは雑談で、相手をリラックスさせてから話を聞き出し易くしている。

 接客業の基本も手馴れている。受付嬢の仕事が長いのかもしれない。

 巧みな話術に感心していると、


「楽しいお話中に、水を差すようで申し訳ありませんが! ウグイスさん、そろそろ本題をお願いします」


 膨れっ面のキリカが話を折った。

 ローウェルが静かだなと思ってチラッと見れば、ふてぶてしくソファーに寝そべっている。やる事がないから退屈そうだ。


「申し訳ございません。勇者様にお会いできて、役職を忘れて、つい舞い上がってしまいました。では、勇者様。こちらの書類に必要事項のご記入をお願い出来ますか?」


 書類には、沢山の項目があった。

 上から氏名、性別、種族、生年月日、現年齢、家族構成、長所、短所、趣味、特技……。

 これ、前世で見慣れた書式だよな。主に履歴書とかさ。

 ああ、忘れてた。ここって、職業斡旋所『ヘイワーク』なんだったわ。

 文字を勉強しておいて正解だったね。

 生年月日と年齢を飛ばして、その他の項目はスラスラ書き込む。

 残った2項目について、ウグイスに相談する。



 その結果、生年月日は神殿で見つかった日、年齢は20歳と言うことになった。オリゾン・アストルも1年は12ヶ月で365日、1週間は7日だ。

 それもそうだろう、この暦を作ったのは勇者だからだ。

 ただ月と週の呼び名が違う。

 これは、ただ単にファンタジー感を出したかっただけなのだろう。




1月……柘榴石(ガーネット)の月

2月……紫水晶(アメジスト)の月

3月……藍玉(アクアマリン)の月

4月……金剛石(ダイアモンド)の月

5月……緑柱石(エメラルド)の月

6月……真珠(パール)の月

7月……紅玉(ルビー)の月

8月……カンラン石(ペリドット)の月

9月……蒼玉(サファイア)の月

 10月……電気石(トルマリン)の月

 11月……黄玉(トパーズ)の月

 12月……瑠璃(ラピスラズリ)の月



 ウグイスさんがわざわざカレンダーを持って来て、見せてくれた。

 この世界の12ヶ月は、宝石の名前で素敵だ。




月曜日……赤の曜日

火曜日……橙の曜日

水曜日……黄の曜日

木曜日……緑の曜日

金曜日……青の曜日

土曜日……藍の曜日

日曜日……紫の曜日



 一週間は色なのね。

 レインボーカラー……こっちも悪くないな。

 シャリオン・ガングランの誕生日は、『藍玉の月・3日』に決定した。

 あれ? この日付って、もしかして前世で言うところの雛祭りの日じゃないか? 雛祭り生まれの勇者……もはや、何も言うまいて。

 年齢はウグイスとキリカの独断と偏見で、20歳に決定した。

 おいおい、書類そんな適当に記入して良いのか!? 

 変な感じだ……慣れるまで時間が掛かりそう。

 仕方ないか……、それより、今って4月だったのね。


「これで、大丈夫ですかね?」

「はい、お預かり致します。こちらに記入していただいた情報が、勇者様……シャリオン・ガングラン様の基本登録情報となります。備考ですが、本日中の使用武器登録も可能です。剣や弓、斧、魔法杖などの武器は、持参なされていますか?」

「武器なら、そこに寝そべってるヤツがそうです」


 ソファーに寝そべるローウェルを指差す。

 ウグイスがキョトンとした顔をしたので、ローウェルに刀に戻ってもらった。


「これが、ロストテクノロジーの魔刀……始めて拝見致しました。では、『分類:剣』で登録項目に追加しておきますね」


 刀、犬、人の姿に三段階に変態し、自我を持つローウェルは、やっぱり珍しい武器なのか。

 無事、勇者の戸籍謄本(仮)が完成した。

 異世界でも、こんな書類を書くとは思わなかった。

 ファンタジーの裏側は、現実的な管理システムで整備されていた。

 7歳になると、この世界の人々は皆この手続きをするんだね。

 あれ? 私、異世界に転生したんだよね?

 刀振り回して、悪いモンスターを倒してれば生活できるって良い訳じゃないのね……。

 これで登録が完了すれば、検問所で止められる事無く入出国が出来る様になるそうだ。その他にも様々な特典があるが、説明は次の機会に回す。

 今は手続きを優先する。


「書類への記入は、これにて終了です。次に情報の本登録と職業適性検査を受けて頂きます。シャリオン様、こちらへ」

「行きましょう、シャリオン様。お待ちかねの適性検査です!」

「あれれぇ? 私、お待ちかねなんて言ったっけ?」


 書類と本を持ち、立ち上がったウグイスは奥のドアへと向かう。

 ウグイスに対抗意識を燃やすキリカは、小鼻を膨らませながら私の腕を掴んでグイグイ引っ張って行く。

 うわぁああん、いつものキリカちゃんじゃない!

 しがみ付くキリカの胸が腕に当たってるなんて、言える雰囲気じゃない。

 ビクビクしている私の足元をローウェルがトコトコ歩いている。

 チラチラと私を盗み見ているその表情が、何だか楽しそうだ。

 チクショウ……犬のくせに表情で豊かな感情表現しやがって。

 尻尾でも振ってろってんだ!




 ウグイスが奥のドアを開くと、受付の反対側にある通路に出た。

 ロビーからでは見えなかった通路だ。職員としかすれ違わなかった。

 そこを真っ直ぐ進み、突き当りを左に曲がるとまたしてもドアがあった。

 ウグイスに着いてドアをくぐれば、その先は下りの螺旋階段になっていた。

 薄暗くて、長い階段だ。何処に続いているのか、見当もつかない。



 ふむ、職業適性検査か。

 前世では紙面へのマーク式タイプと、PCで項目を選択するタイプを受けたが、異世界ではどんな風に検査するんだろうか? 

 検査を地下でする意味って何だ? 地下に試験会場があるのかな?

 そもそも7歳で検査を受けたって、本格的に就職活動を始める二十歳頃には考えが変わっていると思う。私だって小学生の頃の夢は『お花屋さん』だってけど、中学卒業の頃には『大企業の社員』に進路変更したもんな。

 この検査に、重要な意味があるのか。


「職業適性検査でしたっけ? 7歳で受けるメリットあるんですか?」

「このオリゾン・アストルでは、7歳になると『命名の儀』と合わせて、職業適性検査も行うんです。それによって、その人物に適した主職・副職の2種類の職種が決まります」


 ウグイスが言うには、この主職と副職が生涯を通して全うすべき職なのだそうだ。

 この制度が出来る前のオリゾン・アストルは、一部の人種しか身分やまともな職業に就けなかった。多くの者は身分も学もなかった。

 当然、そう言った者達は職に就けず、日々の暮らしを貧困に喘いでいた。

 そんな状況に一筋の光が差し込んだ。『自分を生かせる職業』をモットーにした勇者が現れたのだ。

 その勇者が6種族に働きかけて、この制度を作った。

 これにより、全ての者が7歳で名を得るのと同時に、職も得られるようになった。自分に最も適した職業だから、それだけをひたすら極めれば良い。

 就活の悩みとは、無縁の世界……なんて素晴らしいだ。

 


 主職・副職に関しては、各国からの保証も充実している。

 具体的な例で言えば、主職・副職での勤務中、事故で働けなくなってしまった場合、国から当面の医療費や生活費が出る。

 さらに、スキルアップや昇格にあわせた報奨制もちゃんとある。 


「ほー。じゃあ、この世界に無職の人は実質、存在しないって事ですね?」


 ウグイスに聞いたつもりだったが、その質問にはキリカが答えた。


「自分から無職になりたがる方なんていませんよ。だって無職は、殺人罪の次に罪の重い犯罪ですから」

「……キリカちゃん、今の話をもっと胆略的に言ってみて?」

「シャリオン様? えーと、そうですねぇ……『無職は無期懲役』でしょうか?」


 驚愕ッ! オリゾン・アストルでの無職は、『重罪』だった。

 無職(ニート)に厳し過ぎる。開いた口が塞がらない。

 前世に溢れかえった就職難民の若者がこっちの世界に来たら、その大半がブタ箱行きだなんて……。た、たまげたなぁ。




 かなり深い所まで降りてきた。

 20階建てのビルくらいの高さは降りたと思う。

 やっと螺旋階段が終わり、その前には一枚の分厚い金属製の扉がある。

 適性検査の会場だってのに、見た目からして禍々しい。

 ウグイスが《スイッチ魔法》を唱えると、扉は独りでに開いた。


「なんだ……これ?」


 これが、中に入った私の第一声。

 私の反応を見る皆の目が、授業参観で我が子の発表を聞く親みたいだ。

 やめろ、そんな目で見ないでくれ。私、二十歳の成人男性だから!


「うふふ。初見では、皆さん同じ反応をされますよ」

「私も圧巻の一言でした」

「シャリオン、口を閉じろ。これ以上、アホ面を晒すな」


 ローウェル、お前――。アホ面は余計だっての。

 広大な円柱状の空間。その真ん中に、巨大な球体が発光しながら浮いている。

 どれくらい巨大化と言うと、期待を貯蔵しておくガスタンクくらいある。

 真っ暗な地下で、それが青白く発光しているのだ。

 驚かない方がどうかしている。

 ハローワークの地下とは思えない。SFの世界に迷い込んでしまったみたいだ。

 幻想的って表現じゃ現しきれない。

 


 その巨大発光球体の前に誰か立っている。

 シルエットからして、人族ではない。球体を見上げ、手元のボードにペンで何かを記入している。

 ウグイスは、その人物に歩み寄って行く。

 私達の接近に気がついたのか、その人がかったるそうにこっちを向いた。


「ロジウ君、お疲れ様。検査の準備は出来てる?」

「あ、お疲れ様ッス。……整備は出来てますんで、適当にどうぞ」


  何だ、コイツ? それが客に対する態度なのか?

  私達を一瞥した人物は、整備士風のつなぎを着た大柄な獣人族の男性だった。「ロジウ君」と呼ばれたそのバク顔獣人は、眠そうな顔で受け答えをする。

 態度にも声に覇気がまるでない。

 ウグイスが屈託のない笑顔を崩さないから、ロジウは普段からこう言う人物なのだろう。

 手にしたペンで、耳の裏を掻いている。私達を気にかける様子はない。


「ウグイスさん、この光るデッカい球は何なんですか?」

「これこそは、浮島の核(イル・ノワイ)です。ロストテクノロジーの一種である人工魔石で、この浮島を制御しています。また全ての浮き島とリンクし、巨大なネットワークを形成しています」

「浮島の、核(イル・ノワイ)?」


 ごめん、ちょっと意味が分からない。


「ここに、オリゾン・アストルに住まう全住民の個人情報が登録されています。そして、彼がこの浮島の核の管理を任されている魔導整備士のロジウ君です」

「うっす、ロジウです」

「どうも、シャリオンです」


 目が据わっているロジウに自己紹介された。

 これからお世話になるみたいだし、彼の接客態度に不満はあるが名前くらいは乗っておこう。それにしても……なんだか、よく分からない事になってきたぞ?

 職業適性検査とこの浮島の核なる球体は、何の関係があるんだろうか?


「では、シャリオンさん。こちらへ」

「ここ、暗いんで。常に足元、注意ッス」


 わけも分からぬまま、ウグイスとロジウによって浮島の核の頂上に誘導された。不安過ぎて、何度もローウェルと一緒に後からついて来るキリカを振り返った。

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やっぱり、私が勇者じゃ不安ですか? 那由汰 @komugi2016

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