第35話.『職業斡旋所へ行こう』
職業都市アンプロワに来て、勇者は在り来たりな事に感動した。
何に感動したのか? それは……。
朝日が坂の上から下へと、住宅の窓ガラスを輝かせる。
ドラム缶に長い腕、足にキャタピラを装着した清掃用の小型ゴーレムが歩道を闊歩している。路上に落ちたゴミや落ち葉、ゴミ置き場の家庭ゴミを回収している。
ダンジョンで闘ったガーディアン・ゴーレム壱式より、貧弱な作りだ。
ローウェルに聞いたら、非戦闘用の量産型ゴーレムはこんなものなのだそうだ。清掃用ゴーレムの背中には、コックピットがあって人が操縦している。
合計3体のゴーレムとすれ違った。
2人と人族と、1人のウサギ顔の獣人族が操縦者だった。
ゴーレムには、無人で動くタイプと操縦者が必要なタイプがある。
後者の方が圧倒的にコスパが良いので、普及している。
剣と魔法の世界に、ゴーレムと言う存在はオーバーテクノロジーなのでは? と思うのは私だけだろうか。
操縦者と共に清掃に勤しむゴーレムの隣を通過し、ランニングを続ける。
早朝出勤と思しき住人達ともすれ違う。
だが、感動したポイントはここではない。
それぞれの区の中心には、どの建物よりも高い塔が一棟ずつ立っている。
見上げると、その塔の天辺に設置された巨大な釣鐘が高らかに鳴った。
塔で羽を休めていた鳥の群れが、その音に驚き一斉に飛び立つ。
早朝、午前6時を告げる鐘の音――。
そう、この都市には時刻を告げる時計塔がある。
地球人――、特に時間でい二日のスケジュールを管理する日本人にとって、時間の概念は重要だ。
1時間単位ではあるが、時間になると塔の天辺に設置された鐘がなる。
時間が分かるってだけで、人はこんなに感動できるんだ。
深夜0時~午前4時までの5時間分は鳴らないみたいだけど……。
真夜中に鐘が鳴ったら寝れない。苦情待った無しだ。
鐘の下に掲げられた巨大な円形のガラス板。そこに時刻が浮かび上がる仕組みだ。
私は、その音を聞いて立ち止まった。
塔を見上げれば、ガラスに『朝:6の時』と表示されている。『大都会に来ても特訓は欠かさない勇者の鏡』をアンプロワ生活1日目から実施中だ。
一緒に走っていた犬の姿のローウェルも塔を見上げる。
「師匠、6時だよ。どうする、まだランニング続ける?」
「いや、戻ろう。シャリオン、お前は帰ったら朝食を作れ」
「えー、ルー君が起きて作ってるんじゃない?」
私が首にかけたタオルで汗を拭きつつ、朝食作り断固拒否の構えを崩さない。
「お前の作った食事が、小生の口には……一番馴染むのだ」
早歩きで私の前に出たローウェル。
犬の姿を見ていると、『愛くるしい』って言葉以外浮かばない。
そこからのさり気ない、息を吐く様なデレ発言。これには参ったよ!
はわわ……そんな風に言われちゃったら、シャリオン、毎日朝ご飯作っちゃう!
朝からローウェルの尻を追いかけて、キュンキュンしてる。
ヤベェよ。今、確実に女性ホルモンがドバドバ分泌されてる。
もしかしなくても、私って一昔前に流行った『乙メン』じゃね?
いや、魂は本物の乙女なんだけどさ。
「師匠ったら、素直に『シャリオンの飯が食べたい』って言えばいいのに」
「巫女のゲテモノと小僧の味気ない料理を食うくらいなら、お前の料理の方がマシなだけだ」
「ねえねえ、朝ご飯は何食べたいの? 今なら何でも作ったげるよ!」
ローウェルは、少し考えてから「芋入りのスープが食いたい」と言った。
私の師匠が、今日も今日とて可愛いぜ。
道行く皆さん。聞いてください、この犬なんですが私の専用武器なんですよ。羨ましいでしょう?
「じゃあ、帰ろうか……って、うわ!」
「キャ!」
余所見をしていたら、誰かにぶつかってしまった。
声からして、若い女の子だ。
視線を下げると、朝だと言うのにそこには真っ赤な夕日があった。
「いたた……ちょっとアンタ! どこ見て歩いてんのよ!」
「ご、ごめんなさい。怪我は……」
夕日に見えたのは、ぶつかってきた少女の赤い髪だった。
鼻を抑えている少女に声を掛けると、こげ茶色の目でキッと睨まれた。
私を見上げる少女の顔のソバカスが印象的だった。
かけっことスキップが好きなタイプの女の子かもしれない。
「そこ、邪魔! 退いてよ! アタシ、急いでるの!」
「あ……は、はい! ごめんなさい」
私にも落ち度はあるけど、この女の子も前方不注意だったと思うよ。
この世界のボーイ・ミーツ・ガールは、ツンデレだらけなの?
少女に一方的に怒鳴られて、萎縮する情けない勇者。
サッと横に避けると、少女は無言で走り去っていった。
「まったく、何なのだアレは?」
「さあ? でも、怪我してないみたいだったから良かった」
「呑気なヤツだな、お前は……」
謝ってもらってないけど、もう過ぎた事だ。
どこかでまた会うかもしれないし、会わないかもしれない。
もし会えたら、お互い笑顔の再会がしたいよね。
薬局に帰ってみると、ルーシアスはまだ起きていなかった。
キリカはお寝坊さんだから、早起きに期待はしてない。
きっと、一ヶ月に及ぶ長旅の疲れが出たんだろう。
夜の見張り、頑張ってたもんなぁ。ゆっくり寝かせてあげよう。
物音を立てないように静かに洗面所に向かい、身支度を整える。
その後、キッチンで朝食を準備する。
家の中では人の姿になるローウェルが野菜の皮剥きを手伝ってくれた。
ジャガイモと玉ねぎ、厚切りベーコンが入ったスープが出来上がった頃、ルーシアスが起きてきた。
朝の挨拶を交わすと、ルーシアスもキッチンに立った。
何を作るのか気になって、鍋をかき混ぜながらチラチラ盗み見した。
その手際の良さに感心していると、あっと言う間にルーシアス特製のパンケーキが完成した。しかもフルーツにクリーム、シロップも添えられている。
朝っぱらから、何て女子力の高いメニューなんだ!
それぞれをテーブルに並べる。
朝ご飯の準備終わったのと同時に、ローウェルに起こされたキリカがキッチンに飛び込んできた。
テーブルを囲んで、全員で朝食を食べる。
この他愛もない会話を繰り広げる時間が私は好きだ。
小姑ローウェルがキリカに小言を言うと、ルーシアスがそれを止めに入る。
ルーシアスとローウェルの睨み合いが始まると、今度はキリカがそれを止める。そんな3人を穏やかな表情で見守っていれば、3人に「勇者も何か言え」と責められる。
ドMじゃないけど、責められても私は笑顔のままだ。
気兼ねなく、会話できる相手がいるのが嬉しい。
朝食を終えた後、簡単にだが店内や2階の掃除を手分けして行う。
出掛ける直前にキリカが買出しメモを忘れて取りに戻った。
階段を駆け下りてくる音の後に、勢いよく裏口のドアが開く。「すみませんんんん!」とキリカが私達に頭を下げて、店舗の戸締りをした。
鍵をレッグポーチにしまったキリカが、店前の路上に並ぶ2人と1匹に振り返る。
「では、皆さん! 職業斡旋所のあるビショップ区に向かって出発進行です!」
「おー!」
「何が出発進行だ。その出発に支障をきたしたのは、何処の誰だ?」
キリカのテンションに乗って、私とルーシアスが拳を突き上げる。
犬の姿のローウェルだけが、溜息交じりに不服申し立てをする。
出勤や通学で行きかう人々を掻き分けて、駅の改札を出る。
トランの上下線のレールを色とりどりのモト・レザ達がほぼ10分おきに行きかう。遠ざかっていくモト・レザの鳴き声が雑踏の音に掻き消される。
ビショップ区は、公共施設が集中する区画だけあって制服姿の人を多く見かける。駅の隣に、標識が立っている。見上げて、それら一つずつを読んでみる。
右に進めば、病院へ。
真っ直ぐ進めば、図書館と学校へ。
左へ進めば、役所と職業斡旋所へ。
時を同じくして、ビショップ区の時計塔が『朝・10の刻』を告げる。
10の刻――、職業斡旋所の受付開始時間だ。
標識どおり、左へ進む。
駅から徒歩約5分の場所に、職業斡旋所はあった。
3階建ての大きな建物で、キリカの薬局10軒分の広さはありそうだ。
レンガ造りの壁を見れば、金属製のご大層な看板がかけられている。
『職業斡旋所 ヘイワーク』……ヘイワークかぁ。
ハロワだとまんまパクリだから、「Hello」じゃなくて「Hey」にしたってか?
センスの欠片もない。2人と1匹に気付かれない様に鼻で笑った。
開け放しのエントランスからロビーに入れば、銀行や役所、病院、郵便局の待合所でも来たかのような錯覚に襲われる。
壁の掲示板に貼られた、色とりどりの啓発ポスターの数々。
ええっと、なになに……。
『新規の職種登録は、お早めに!』
『労働は、国民の義務です』
『それで合っていますか? 貴方の適正職業』
『スキルアップ詐欺、クエスト報酬詐欺にご注意!』
『急募、ヘイワークで一緒に働きませんか?』
何度も言うけど……ここって、本当に異世界なんだよね?
目頭を押さえていたら、キリカに心配された。整然と並んだベンチに順番待ちで座る客達。
キリカが入り口脇に設置されたカウンターに向かう。
そこに立つ制服姿の美女に話しかけ、名刺サイズの札を受け取った。
見れば、受付番号が印字された番号札だった。札には『192』と描かれていた。順番が来るまでベンチに座って待つ。こりゃ、暫く待ちそうだ。
全部で5箇所の窓口がある。目の前に3箇所。
その奥にある階段を上った2階に、2箇所と分かれている。
ええと、何々……?
①番窓口……『情報登録受付窓口』
②番窓口……『職種登録受付窓口』
③番窓口……『スキルアップ受付窓口』
ふむふむ、私は①番窓口に呼ばれるんだな。
じゃあ、2階の2箇所は、
④番窓口……『クエスト受付窓口』
⑤番窓口……『報酬受取り窓口』
①番と②番以外は、よく分からない。
クエストって何? 報酬って?
うーん、パチ屋の換金みたいなシステムだと思っていいの?
悩まなくても、受付の人に説明してもらえるだろう。
受付に座る係員は皆、美女ばかりだ。
受付の上に取り付けられたランプが点滅し、そこに取り付けられたパネルに数字が浮かび上がる。
腰掛タイプの窓口、ガラス一枚を隔てて受付嬢と客が向かい合って話す姿。
10の刻開業だと言うのに老若男女で、すでにごった返している。
異世界にもこんなに多くの就職難民が……勇者として、これは見過ごせない。
だが、まず私がここにお世話になる必要がある。
他の客の観察に夢中になっていたら、クイクイと袖を引かれた。
「シャリオン様、お父様からの紹介状を頂いてもよろしいですか?」
「あ、うん。ちょっと待っててね……確かここに」
バッグを漁って、封筒を取り出した。
それをキリカに渡してから、ルーシアスがいない事に気が付いた。
「あれ、ルー君は?」
「何でもお仕事でお世話になっている方がいらっしゃったとかで、あちらでお話してますよ」
キリカの指差す方を見てみれば、ルーシアスが数人の男女と会話していた。
ルーシアスには悪いんだけど、見た目からしてカタギじゃなさそうな人ばっかりなのが気になる。
核で一度は滅んだ世紀末の世界で、火炎放射器を片手に村々を荒らしていそうな集団だ。今、ルーシアスの肩を叩いた人なんて、全身鎧装備で肌の露出が一切ない。
それ、前見えてるの? それ以前に息吸えてる?
かと思えば、その隣にいる金髪ツインテールに眼鏡のお姉さんなんて、皮製のビキニ一丁に剣を腰に2本装備している。
アメリカには、女性チームが下着姿で試合をするアメフトがあるって聞いたことあるけど……。
あの装備で一撃でも食らったら、ポロリはポロリでも首がポロリしちゃいそう。ルーシアスの仕事って……勇者、だんだん心配になってきちゃった。
キリカがローウェルの頭を撫でようと奮闘している横で、ベンチの背もたれに噛り付きつつ、ルーシアス達を見守っていると、
「192番でお待ちのお客様、お待たせ致しました。情報登録受付、2番窓口へどうぞ」
192番……あ、私ですな。
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