僕と魔物と日常と。
瑪瑙 連翹
第0話:昔話とまだ始まらない日常
――昔話を、しよう。
この世界にはかつて、人ならざる強大な力を持つもの――「魔王」が存在していた。魔王は世界に存在する第五の元素、「魔素」によって生まれた種、「魔物」を従えた。
いつからか存在していたそれらは、その絶対的な力をもってこの世に存在する地水火風に次ぐ第五の元素――「魔素」を自在に操り、人類の扱う「魔術」とは根本的に異なる、強大な「魔法」を用いた。
かつて魔物は、人類に害をなす存在ではなかったという。時に狩り、時に狩られ、互いに互いから身を守るような、そんな存在だったと。それが、魔王の出現によって変わったのだと、そう言われている。魔物たちは人類を的確に襲う、恐れるべき獰猛なる怪物へとその身を変えたのだ。
人類は、魔王によって実質的に支配された。魔物の少ない地域に追いやられ、高い城壁や結界の中で生活した。外に出ることは死を意味していた。
しかしながらそれでも、人類は諦めることが出来なかった。幾度と無く、魔王を討伐するという目的を持ち、仲間と共に旅立つ者が現れた。「勇者」となり、人類に平和をもたらすために。あるいは、その名誉のために。
だが、ほとんどの者は故郷に帰ってくることすらなくその人生を終えた。半数以上が屍となって見つかり、一部の者だけが人里に逃げ帰ってくることになんとか成功したといった程度。逃げ帰った彼らが二度目の旅に出ることはついになかったという。
人類の間には絶望のみが広がった。
「もう人類はこのままずっと魔王に、魔物に支配されたまま過ごすのだろう」
人類はそう考え、全てを諦めて過ごし始めた。一度家畜に身をやつしてしまえば、後は気楽なものだ。魔物に対抗することなど何一つ考えず、ただ生き延びることだけを考え続ければいいのだから。
そうして、人類が腐り落ちつつあったある日、後に「粛清の日」と呼ばれるその日、不思議なことが起こった。突如として魔物が姿を消したのだ。
当時を知る人物はこう証言したという。
「私は城壁の外の見張り番をしていたんだが、ある日突然、魔物の姿が全く見えなくなったんだ。普段は城壁の外をウロウロしてるっていうのに。一体何の前触れだろう、とそう思ったね」
「そうしたら突然空から眩い光が差して、どこからか鐘が響き渡った。そして白い翼を持った女の人――天使って言うのかな――が雲の上から降りてきて、私たちにこう言ったんだ。『魔王は粛清されました。人類の皆さんはもう魔物の影に怯える必要はありません』ってね」
「目を、耳を疑ったよ。夢でも見ているんじゃないかって。これも魔王の罠なんじゃないかって。でも、他の地域からも同じような報告があってね。しかも、数日経っても魔物はその姿を現さなかった。ようやく私たちは確信した。『魔王はいなくなった。暗黒時代は終わりを告げたんだ』ってね。正直、今でも信じられないけれども」
――かくして、世界は平和になった。魔王の粛清と同時に魔物の数は大きく減少した。もはや動物と区別を付けるのも馬鹿らしいというくらいに。
……なんていうことが起きたのも今は昔。今となっては
ちなみに、百五十年ほど経った今頃になって、実は当時には「人型の知性ある魔物」が存在していたのだ、なんてことが一部で言われていたりする。なんでも一部の地域にそういった伝承が残されていたのだそうだ。
彼らによればその「知性ある魔物」の末裔は今でも存在していて、人類に紛れ込んでいるらしい。もっとも、そのようなものは主に創作物の中で語られるものであり、言わば「ファンタジー」だ、と一笑に付されることがほとんどだけれども。何せ、「魔物は獰猛なる怪物であった」。それがこの世界における一般常識なのだから。
そしてその「彼ら」の一員なのがこの人間族の少年、イヴァナ村からやってきたジェラルド。この世界最大の教育機関、アルベール総合学院高等部に合格するくらいには優秀だけれど、少しばかり夢見がちなのが玉に瑕といったところかな。そうは言っても私が語る――物語? においてはまあ、主人公のようなものなので多少は目を瞑って欲しい。
それからもう一人、重要な人物が。ジェラルドの幼馴染、同じくイヴァナ村からやってきた少女、リエル。常に冷静で表情を崩すことの少ない彼女だけれど、ジェラルドとはほとんど常に一緒にいる。見方によっては、自分の縄張りを守っているように見えなくもない……って感じかな。何から守ってるのかは、知らないけどね。
え、私? 私のことは……そうだなあ。天の声だとかナレーションだとか、そういったものだとでも思ってくれると嬉しい。もしかするとその内お目見えすることもあるかもしれないね。その時には、天の声なんて名前じゃない、別の名前を名乗れると嬉しいな。
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