第7話:ぽんこつと料理(?)の日常(前編)
人類の文明は火と共に発達した、と言われている。この世界を形作る四大元素の内の一つ、火だ。獰猛な獣を避ける時、土を成形して土器を作る時、金属を加工する時。あるいは、暗黒時代以前には蒸気の力で機械を動かすといったこともあったらしいが――そのどれにも、火が使われている。
私たちの日常生活においても、火はまた重要な要素だ。明かりにすることもあれば、水を加熱して風呂にすることもあるだろう。そして何より――調理に必要不可欠なのが、火だ。今日の朝食べたものも、昨日の昼食べたものも、あるいはいつかの夜食べることになるそれも、調理してこそその味を発揮できる。
想像してもみて欲しい。今日の晩ごはんはこれだよ、と言われて並べられたもの――色とりどりの野菜、新鮮な肉に、採れたての魚。それらが全て加熱されていないものだとしたら? そもそも生のままでは危険で食べられないものもあるだろう。適切に加熱調理しなければ人類の舌に合わないものもあるだろう。それらを安全に、美味しく食すためには火の力は必要不可欠なのだ。
だからといって、何であろうと火を通しているのであれば食べられるというわけでは、ない。
これは、英雄の物語ではない。だが、勇者の物語ではあるかもしれない。目の前にある得体のしれない、しかし原材料は知っているはずのものであるそれを、食そうとする勇者の。
「挨拶はさておき、まずこれだけは言わせてもらおう」
前に立つ、白い髪とヒゲを生やした年老いたドワーフはそう言った。なんとも威厳のある姿だ。
「錬金術の基本は実学だ。魔術の実学とは異なり、錬金術の実学に才能は必要ない。必要なのは、知識と、知識を貪欲に得ようとする姿勢だ」
ということで今日の授業は錬金術学。おはよう、サキです。
「えー、挨拶が後になってしまったが、おはよう。ワシが君らの錬金術学を担当する、キミア=アルキュミアだ」
タンツちゃんみたいな女の子と違って、ドワーフの男の人は筋肉がすごくて、ヒゲもじゃの人が多い。キミア先生もご多分に漏れずヒゲもじゃだし、おじいちゃんって歳のはずなのに筋肉がすごい。五種族の中でこんなに男女で差があるのはドワーフだけだね。
「アルキュミアっていうと錬金術の名家だな。そんな人が先生になってんのか」
ジェラルドの隣に立っているカイルが呟く。
「へえ……ってことはあの先生、貴族なの?」
「多分な。家の名前――苗字ってやつを一緒に名乗るのは大体そうだって聞くぜ」
「大体、ね……残りはなんなんだろ?」
「勝手に名乗ってるか、没落貴族かだろ」
「なるほど」
錬金術学の教室は他の科目とは違って、座って授業を聞くための教室じゃない。立って、自分で動いて実際に実験をするための教室になってる。だから、ジェラルドたちは今立ってるってわけ。
「錬金術は元々、金属やその他の物質の反応によって金――言うまでもなく、貴重な金属だな――を作り出すという目的から発達した学問だ。残念ながら今の人類の到達点においては金を安定して作り出す方法は発見されていないが、先人たちの知恵は存分に活かされるべきである」
そう言うと、先生は一つの石を掲げた。紫色に鈍く光る石だ。
「例えば、この魔石。魔術においても優秀な触媒としてよく使われるものだな。人類が初めてこの魔石を発見した時、これは自然環境上で稀に見つかる鉱石でしかなかった。それが魔術触媒として優秀であることが判明した後、金を作り出すための試行錯誤の中で、人工的な魔石の生成方法が見つかった。今市場に行けば魔石など子供の小遣いでも買える程度の価格だが、その昔は金や銀などと同じような価格で取引されていたこともあったという。今でも天然魔石は高価で取引されているがな」
魔石一つにも、錬金術の歴史が隠されてるってことかな。元々の目的がまだ達成できてないのにこうやって学問として成立してるんだから、それだけ錬金術っていうのは色んな発見があったってことなんだろうなあ。
「また、これは錬金術に限った話ではないが……学問というのは他の学問と結びつくことが往々にして多い。魔術学や生物学などにおいては錬金術に関連したことを学ぶ機会が多いだろう。錬金術を本気で学ぼうという者は、そういった機会を逃さず自主研究や自主学習を重んじて欲しい。ここまでで質問のある者は?」
キミア先生が教室を見回すと、一人、手を挙げている人がいる。
「そこの君。名はなんという?」
「はい、ニンファといいます」
手を挙げていたのは、人間族の女の子。少し背丈は小さめの子みたい。
「その……直接この授業に関わる質問かどうか分からないのでありますが、よろしいでしょうか」
「構わんよ。疑問に思ったことはその場で解決しておくべきだ。もっとも、ワシに解決出来る疑問であれば、だがな」
「金はどうして作れないのでしょうか?」
「ほう?」
先生は目を丸くして、ヒゲを撫で上げた。
「金自身が変質しづらい金属なのは分かっております。それでも、どうしても疑問に思わざるを得ないのであります。……すみません、やはり、稚拙な質問でしたでしょうか」
「いや、いや。少しばかり驚いただけだ。いい質問だな、それは」
そう言うと先生はヒゲをつまんで、ふーむとしばらく考えた。そして顔を上げ、
「今のワシには、その質問に答えることは出来んな。いや、おそらく今いる人類の誰にもその質問に答えることは出来まい。それらしいことを言うことならば、出来ようがな」
「そうですか……妙な質問、申し訳ありませんでした」
「いや、君のその疑問が、錬金術発展の新たな一歩の足がかりとなる可能性すらあるのだ。いいかね、皆。疑問に思うことを恥じる必要はない。今目の前にある事柄に対して、疑問に思わないことを恥じなさい。君はその事柄を深く知っているから疑問に思わないのではなく、その事柄を観察し足りないから疑問に思わないのだ。少なくとも、錬金術においてこの考えを大事にして欲しい」
教室にいる全員に対してそう言った後、先生は優しそうな顔になって、ニンファに向かってこう言った。
「君は、良い錬金術研究者になれるやもしれんな。他の者が疑問に思わないことを疑問に思えるということは、素晴らしいことだ」
「ええと……ありがとうございます」
「では、授業に移るとしよう――」
後は、先生が示したように自分たちでやって、どんな反応が起きるかを記録したりする感じの実践形式だった。今回は、粉を混ぜ合わせて火で加熱すると鼻をつく臭いのガスが出てくるっていう実験で、カイルはそのガスをもろに嗅いで倒れた。そんなに強い臭いなのね、それ……。
未だに鼻の奥がツンとする、飯が美味しくねえ、とぼやくカイルと、いつの間にか修羅状態になることがなくなったリエルと共にジェラルドは昼ごはんを食べ、いつも通り学生支援室へと向かうことにした。
「あー……飯食い終わっても微妙にまだ残ってやがる」
「先生が上に顔を出すなって言うのに上からもろに嗅ぐから……」
「不注意だった。二度とやんねえ」
「食事の時もずっとぼやいていたけれど、そこまで強い臭いなの?」
錬金術学の時にはリエルは珍しくジェラルドと離れてヴィオラたちと一緒にいたから、カイルが倒れたのを目の前で見てない。ついでに多分先生が言った通りに実験をしていたはずだから、ガスの臭いはほとんど嗅いでないはず。
「強いなんてもんじゃねえよ。なんか、頭の奥にガンッと来て、全身がブルブル震えた。臭い嗅いだ時の反応じゃねえ」
「それは、確かにそうね……」
なんて言いながら、学生支援室の扉を開く。
「うにゃ、遅かったにゃ」
……ミーシャだ。いつも通り猫の姿をして部屋の真ん中で陽に当たっている。
「お前、いつも俺たちより先にここにいるけど、昼飯どうしてんの?」
「授業が終わったら真っ先にここに来てお弁当食べてるにゃ」
「弁当? 自分で作ってんのか?」
「自分で作ってるにゃ」
「へえ、なんか意外だな」
ミーシャが料理をするイメージが全くない。どっちかっていうと料理が運ばれてくるのをにゃーにゃー言いながら待ってそうなイメージなんだけど。
「にゃんか、信じてにゃい感じがするにゃ」
「……まあ、半分くらいは」
「うにゃー! ジェラルドにそんにゃこと言われるのは腹立つにゃ! そういうジェラルド自身はどうにゃのにゃ! 料理出来るのかにゃ!」
「そんなに上手くはないけど、家庭料理くらいなら、まあ」
「くそう、ジェラルドのくせに
「私たちは村で家事の手伝いをよくしていたから、ある程度料理が出来るのは当たり前といったところね。ジェラルドは上手な方だと思うけれど」
「え、そう? ありがと、リエル」
「にゃんかすごい敗北感があるにゃ……」
ポン、とカイルがミーシャの肩に手を置いた。諦めろ、とでも言いたげだ。
最近リエルに余裕が出来てきたのか、ジェラルドとの間に他が入りづらい空気を醸し出すことが多くなったような気がする。
そのままジェラルドたちは二人で村にいた頃、小さい頃の思い出話を始めた。キミたち、まだ村から出てそんなに経ってないでしょ……。
「しょうがにゃいにゃ、カイル、遊べにゃ」
「え、俺?」
「キミしかいにゃいんにゃ」
「いやほら、サキとか」
「サキは掴めないから面白くにゃいにゃ」
「いやー私は遊んであげてもいいんだけどなー、ミーシャが嫌って言うなら仕方ないなー」
「……」
「ごめん」
今結構怖い顔してたよ、キミ。この私が思わずごめんって言ったよ。
はあ、とカイルは溜め息をついて。
「俺は掴めて面白いってか」
「まあそうにゃるにゃ」
「あっそ……」
渋々、といった感じでミーシャの相手を始めたカイル。どことなく動きも面倒そうだ。
そんな感じに平和な空間を過ごしていると、ヴィオラたちがやってきた。
「……何、あんたがミーシャの相手してんの? 珍しい」
「うるせえな。ジェラルドがリエルと話し込んじまったからしょうがねえんだよ」
「ふーん。まあ、平和でいいことね。せいぜいぶっ倒れないようにね」
「てめえ……!」
リエルに余裕が出来てからというもの、ヴィオラとカイルはまた二人で喧嘩をするようになった。とはいえ、以前よりは何となくマシになったような……気が、しなくはない。
タンツちゃんは二人のその喧嘩を、何か微笑ましいものを見るような顔で見ている。いくらなんでもそこまでマシになったとは思いづらいんだけど、彼女は彼女でヴィオラから色々聞いてるのかもしれない。
「そういえば」
と、リエルとの会話が終わったらしいジェラルドがみんなに向かって。
「明日は休日だったっけ」
「そうだな。大市場なんかは賑わうだろうな」
「僕たち、授業終わってからは学生支援係の方に来てるから普段はあんまり出かけたりしてないしさ、せっかくだからどこか出かけたりしたいな」
「つってもなあ。アルベールの辺りにあんのは山か、森か、小さい村くらいだぞ。観光名所なんて言われるところは大体街の中にあるしな」
「うーん……。街の中で過ごせば時間はいくらでも潰せるだろうけど、せっかくだから何か休日っぽいことしたいな」
「休日っぽいこと、ねえ……」
そうは言っても、私には残念だけど休日っぽいことなんて思い付かない。ある意味毎日休日みたいなもんだしね、私にとっては。
「ちょっと今はあたしも思い付かないんだけど、ジェラルドは何か考えてるの?」
「休日の大市場を見てみたいなあ、くらいにしか……」
「やめとけ」
「え?」
カイルがひどく真剣な顔でジェラルドを制止した。
「休日の大市場は、命が惜しいなら、やめとけ」
「命って……大げさでしょ」
私は思わずそう言った。私自身には失う命はないけどね!
「お前は普段の大市場しか見たことがないからそう言えんだよ。確かに休日の大市場は普段ないような店まで並ぶし、ゆっくり見れんなら楽しいだろうよ。だけどなあ……」
「人が、すごい?」
「すごいなんてもんじゃねえ。ちょっと離れた街なんかからも商人たちがやってきやがるからな。一種の暴動だぞ、ありゃ」
普段の大市場ですらジェラルドたちのいたイヴァナ村のような小さな村だと、総出でも足りないくらいの人がいるっていうのに。暴動とまで言われると、いっそ気になる。だからってジェラルドに行けとはちょっと言えないけど。
「じゃあ、遠くから眺めてみるくらいにしてみよう、うん」
「随分弱気になったわね……」
「僕だって命は惜しいよ」
「そりゃあたしもそうだけどっていうか普通はそうだろうけどね……」
ともかく、休日の大市場に行くという案はなしになってしまった。
ジェラルドは特に何も思い浮かばないらしく、リエルに聞いてみることにした。
「リエルは? 何かやってみたいこととか、ない?」
「そうね……」
リエルはふむ、と考え始めた。
「タンツは、何か考えてる?」
リエルが考えている間に、今度はヴィオラがタンツちゃんに尋ねる。
「絵を、描きに行きたい、とは……考えて、ました」
「絵かー。趣味をやるってのも確かに休日っぽいかもね。どこにとかって考えてる?」
「それは、まだ、です」
「そっか」
すると、リエルが何か思い付いたようで、顔を上げた。
「ん、何か思い付いた?」
「ええ。いっそのこと、外に出てみるというのはどうかしら」
「外に?」
「近くにある森に行ってみる、だとか。この辺りの森には、魔物は少ないかもしれないけれど」
「少ないっつうか、ほとんどいないって話だな。でかい街の近くってこともあって人も頻繁に入るしな」
カイルが口を挟んだ。魔物がほとんどいない森って逆に新鮮かも。動物はいるのかもしれないけどね。
「だそうよ。だから、ジェラルドには少し物足りないかもしれないわね」
「まあ、確かにそこは物足りないかもしれないけど、悪くはないかもね。お弁当なんかも持ったりして、ちょっとした冒険みたいな感じかな」
「なんとなく言ってみただけだったけれど、こうして考えてみると悪くはなさそうね」
「森に行くとなると、一日丸々使うだろうしね。まさに休日にしか出来ないことだし」
なーんて、盛り上がっていると、ぶち壊しにくるのがいるというのが現実。
「誰かいるかね!?」
バン、と扉を開けて入ってきたのは……サルファ。後ろには誰か連れているみたい。小さめの、人間族の女の子。錬金術学の時に質問してた、ニンファだ。
「君たち、私を助けてくれ。こういう時のための相談役だろう!?」
「一応僕たち、学生の相談に乗るための組織なんですけど……」
なにやら必死な顔のサルファと、憮然とした顔のニンファ。休日の前に、一悶着起きそうだ。
「それで、どういう用件なんですか?」
二人を椅子に座らせ、とりあえずサルファの話を聞くことにしたジェラルドたち。
「私個人として、彼女に頼み事をしたいだけなのだが――」
「どうもこうもありません、そのような頼みは受けることが出来ませんと何度言えばよいのですか。皆さんも、このような話を聞く必要はありません」
こうやって正面から見るとかなり可愛らしい子なんだけど、見た目の可愛らしさとは違ってなかなかキツそうな子だ。
「とりあえず落ち着いて、学院長の話も聞かせてもらっていいかな。ええと……ニンファ」
「……まあ、はい」
憮然とした顔のまま、大人しく椅子に座るニンファ。
「それで、学院長? 彼女にどんな無理なお願いをしたんですか?」
「無理なお願いとはなんだ。私はただ、彼女に休日の間料理を教えてくれとお願いしただけだ」
「学生を捕まえて休日返上で料理を教えろって……完全に職権濫用ですよね、それ」
「そう聞くと私がひどいやつみたいだな……」
「違うんですか?」
ジェラルドが、純粋な顔で尋ねた。まるで事実をそのまま聞いているかのような顔だ。その顔を見てサルファはうぐっ、とうめき、
「ああ、違う。彼女は私の親戚なんだ」
親戚!? 私たちは一斉にバッとニンファの方を見た。どうも、と涼しい顔で会釈された。違う、そうじゃない。
私は二人を見比べて、
「……似てないね」
「親戚といっても遠縁のそれでありますから」
「それでも、親戚は親戚だろう。親戚の者が困っているんだ、助けてくれたところで罰は当たるまい?」
「ですから、わたくしにはどうしようもないと申しているのです。わたくしでなくとも、不可能と言わざるを得ない!」
なんか、相当な無理難題をお願いされてるみたいに見えてくる。料理をお願いしてるだけ、なんだよね……?
「そんなわけで、親戚の子に個人的な頼みをしているだけだ。職権濫用、とまではいくまい?」
「微妙なところですけど、話がややこしくなるんでとりあえずセーフとしましょう」
「納得はいかないが、まあいいとしよう」
そこで変な意地を張り合うな。
「それで、ニンファ」
「はい、何でありましょう」
なんか、キビキビした動きとか話し方がかえって可愛く見える。なんだろう……よく躾けられた犬、とかそんな感じ?
「どうしてそこまで、学院長のお願いを断ろうとしてるの? 休日を使うのが嫌、というよりも学院長に料理を教えることが不可能、って言ってるように見えるんだけど」
「その通りであります」
「その通り、と言うと……」
「学院長――サルファどのに料理を教えることなど不可能だ、とわたくしは思うのであります」
「学院長が嫌いだから、ってわけでもなさそうだしな」
横から見ていたカイルが冗談めかしてそう言うと、
「いえ、それもないわけではないのですが」
「ないわけじゃねえのか……分からなくはないけどな」
「それで、ちょっと話が脱線したけど――」
「話が脱線したことよりも、目の前で嫌いだのどうだの言われる私の気分を考えてみてくれないかね、ジェラルドくん」
サルファがちょっと悲しげな顔をしている。ざまあみろ。
「ええっと、それで……どうして学院長に料理が教えられないの? 覚えが悪いってこと?」
「覚えが悪いというか、覚えても無駄というか……」
「つまり、教える意味がない?」
なんかジェラルドが天然毒舌だ。狙ってないだけになお心に突き刺さりそう。
「さっきから生徒たちが誰も私のことを気遣ってくれない」
「自業自得でしょう……」
ぼやくサルファだったけど、横にいたヴィオラからもそんなことを言われてしまう。ちなみに、恋愛相談の一件以来、学生支援係でのサルファの信用はどん底だ。私は前々から信用してなかったけどね!
「正直、どれだけ言葉を重ねても無駄でしょうな。実態を見せられるのならばそれが一番なのですが」
「では、明日にでも見せてみるのがいいのではないだろうか」
サルファが早くも落ち込んだ状態から立ち直った。
「それはつまり、やはり明日は料理を教えろと?」
「今度こそ上手くやりたいんだ、私は」
「どうせ無駄かとは思いますが……それに場所の問題もあります」
「じゃあ、うちでやるか?」
「カイル……大丈夫なの?」
「どうせ休日は飯出ねえからキッチンは開放されてるし、そこまで言われると俺も学院長の料理見てみてえよ」
「ボクも行ってもいいにゃ? 料理は好きだし、休日やることにゃんてにゃいしにゃ」
「はあ……いいでしょう。皆さんがそこまで言うのであれば」
さて、とりあえず明日大鷲荘で料理教室が開かれるのは間違いないみたいだけど、ジェラルドとリエルはどうするんだろう。一応、出かける予定は立ててたみたいだけど。
「リエル、どうする?」
「ジェラルドに任せるわ。出かけてみたい気持ちもあるけれど、学院長の料理を見てみたい気持ちもあるわ」
「……学院長の料理は明日しか見られないし、料理の方に参加しよっか」
「ええ」
「じゃ、私も参加かー」
ジェラルドたちが参加ってことは、ジェラルドから離れられない私も、当然参加ってことになる。
「そうなるね。嫌だった?」
「いや? どっちでも、楽しければなんでもいいよ!」
そういうわけで、私も含めて三人、サルファの料理見学会――もとい、ニンファの料理教室に参加することに決まった。
「ねえ、そういえば二人はどうするの?」
と、私はヴィオラとタンツちゃんの二人に尋ねてみた。
「わたし、は……絵を描きに、街を回って、みよう、と」
「あたしはタンツに付いていこうかなって。一人にするのは不安だし、私も街を回ってみたいしね」
「じゃあ、サルファの料理のことは後で教えてあげるね」
「ええ、楽しみにしてるわ」
あはは、と私たちは笑って。
「君たち、いくらなんでも見たことすらない私の料理を馬鹿にしすぎじゃあないかね」
ムッとした顔を見せるサルファ。だけど、
「だってニンファにあれだけ言われたら、気になるでしょ」
「まあ、確かに私が他人としてあれを聞いていたら間違いなく気にはなるだろうな」
「でしょ?」
「それと腹が立つかどうかはまた別だがな」
「それもそうだ」
ふふっ、と笑いながら。
「サキくん、随分と楽しそうじゃないか」
「そりゃそうだよ」
だって。
「私たちが学院に来て初めての休日を、友達と一緒に、何が起こるか分からないショーを見ながら過ごせるんだよ?」
そりゃあ楽しくないわけないでしょう。
サルファは、私の料理は何が起こるかわからないショー扱いか、とぼやいていたけど。
それで、翌日。今日私たちは学院に行く必要はない……んだけど、待ち合わせを中央広場の学院入り口前にしたので普段と同じ道を通ることにはなる。
「行ってらっしゃーい」
まだ出かける時間ではないヴィオラが、私たちを見送る。
「あんたたちが帰ってくる頃には、あたしは多分もう出かけてるから。面白い話、期待してるわ」
そりゃあ、言われなくても。
奥の方から、ララさんもわざわざ出てきてくれた。
「行ってらっしゃい。私もすぐに大市場に行くから、あなたたちが帰ってくる頃までにはキッチンを開けておくわね」
「ああ、気をつけてな、おふくろ。キッチンは……出来るだけ汚さずに使うよ」
「お願いね」
うふふ、と笑顔のララさん。だけど、ちょっと聞き逃せない言葉があったぞ。
「今ララさん、大市場に行くって言ってたけど……大丈夫なの、カイル?」
「あ? ああ、おふくろならしょっちゅう行ってるから、大丈夫だよ。休日だと色々と安いから、買い溜めするんだってよ」
「すごいんだね、ララさん……」
可愛らしいお母さん、っていうイメージがちょっとだけ変わった瞬間だった。
そのまま二人に見送られながら、私たちは大鷲荘を出た。大市場の方はとても通れたもんじゃない(カイル談)から、道的にはちょっと遠回りになるけど、西側にぐるりと回り込んで、西門からまっすぐ歩くのがいいらしい。
西門からの通りにも、大市場ほどの規模じゃないにしても市場があった。
「へえ、こっちにも市場があったのか」
「ああ、これは休日だけだけどな。普段のこの辺りは静かなもんだぜ。北側の北西ブロックは貴族の家とか役所とかばっかりだしな」
「そうなんだ……」
こっちでも食べ物や、色んな道具に、装飾品とか、色々と売っているみたい。大市場に比べちゃうとやっぱりちょっと物足りないけどね。
その市場を通り過ぎると、見慣れた中央広場。中央広場の盛り上がりも普段よりすごくて、食事の屋台なんかも出てる。
「うわ、中央広場って、休日だとこんなになるんだね」
「ああ、普段の数倍の盛り上がりだな。休日だけ大道芸やるって連中も多いし、客の方も普段の比じゃねえからな」
ある程度道になる部分は作られてるけど、直線的に進めるわけじゃないから、学院の入り口近くまで行くのも一苦労だ。
「これ、待ち合わせ場所ここじゃない方がよかったんじゃ……?」
「冷静に考えてみると、そうだよなあ」
「キミは冷静すぎ」
学院の正門前までやってくると、
「遅かったじゃないか」
「しょうがないでしょ、どこもすごい賑わいなんだから」
サルファと、ニンファがそこにはいた。だけど、
「あれ、ミーシャは?」
「さあ、まだ来ていないが」
「ったく……しゃあねえな、あいつは。多分ちょっと待ってたらその内来ますよ」
「そうかね。君が言うなら間違いないだろう。もう少し待つとしようか」
普段学生支援室に来るのは一番早いのに、こういう時は遅いんだなあ。とりあえず私たちは適当に話しながらミーシャを待つことにした。
「そういえば、サキ、どの……でしたか」
「何、ニンファ?」
「サキどののことはあらかじめサルファどのから聞いていたので、昨日は何も聞くことはありませんでしたが、こうして見てみると気になることがいくつかあるのであります」
「お、なになに? この美少女ゴーストサキちゃんに答えられることならなんでも答えるよ!」
「ゴースト……という存在について、いくつか尋ねたいのであります」
「私以外のことは全然分からないけど……私自身のことでいいなら、答えるよ」
「感謝致します。まず、その身体についてなのでありますが」
と言いつつニンファは浮いている私の身体(の虚像)を指差した。
「サキどの自身には、その身体の……なんというのでしょう、感覚はあるのでありましょうか?」
いきなり難しい質問が来た。なんせ、そんなことを考えたことがないからね。
私は、うーんとうなりながら両手を握って開いてしてみたり、腕を組んでみたり、空中で一回転してみたり。
「あの……答えづらければ、無理して答えて頂かなくても大丈夫であります」
「いや、答えづらいってわけじゃないんだよね。ただ、今まで考えたこともなかったからさ。でも、こうやってしてみると自分自身としては感覚がある……ってことになるのかなあ」
「それは、わたくしたち人類の身体についての意識と同じように、でありますか?」
「ごめん、それは分かんないや。私、生前の記憶がないからさ」
正確に言うなら、実は全く記憶がないってわけじゃないんじゃないかな、と思う。一般常識とかそういうことは誰に言われるまでもなく分かってたわけだしね。でも、生きてた頃どんな生活をしてたかとか、そういうことになるとさっぱり分かんない。
「そう、ですか……それは申し訳ありません」
「別に、私は全く気にしないし、いいんだけどね」
「サキどのは……なんというか、前向きなのですね」
「そうだね、それは間違いないと思うよ! 多分、生きて色々と思い悩む人たちよりは何も考えずに済むからだろうね」
あはは、と笑って私が返すと、ニンファも少しだけ、笑ってくれた。この子、話し方はなんかかしこまってるけど、こうやって笑ってるとやっぱり可愛い子だ。私の中ではタンツちゃんに次ぐくらいかな。
「それでは、次の質問を――」
「お待たせにゃ~!」
ニンファが次の質問をしようとしたところで、ミーシャがようやく現れた。
「おせえよ、ミーシャ」
「ごめんにゃ。ちょっと寝坊しちゃってにゃ」
「そんなとこだろうと思ってたよ……」
「にゃはは。全員揃ってるのにゃ? それじゃ、カイルのおうちへ行くにゃ」
「なんでお前が仕切ってんだよ!」
にゃっほーい、とか言いながら先頭を歩いて行くミーシャ。
「――質問は、今はやめておきましょう。また、機会がありましたら」
「もちろん、いつでも待ってるよ!」
「ええ。ありがとうございます」
笑顔の私たち。しかし私たちは完全に忘れていたのだ。
これから私たちが、何をしようとしているのかということを……。
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