第3話:ゴーストと魔人と日常

 ゴースト。暗黒時代以前に存在していたと言われる特殊な魔物(魔物と分類すべきかどうかすら怪しい)で、死者の魂を元にして魔素によって作られる精神的存在。他者、特に人類の魂に寄生することで存在することが多かったらしい。

 基本的に害はなく、ただ存在して意識を持つだけの存在だが、何よりの特徴は「その存在を感知されることで力を得る」ということ。五感などでは感知することが困難だっただけに、他の魔物の痕跡を知るために用いられた魔術である《魔力感知式》などでうっかり存在を感知してしまうということがままあったそうだ。


 力を得たゴーストがどうするか。何も害をもたらすようなことはしない。……つもりである。本人は。

 力があることをいいことに、周囲の者にも見聞き出来る虚像を作り出し、周囲の者と関わりを持とうとするのだそうだ。ただ、それだけと言えばそれだけなのだが、取り憑かれた側からしてみればいい迷惑である。常に自分の周りを飛び回るうるさい奴がいるということなのだから。

 もっとも、精神的存在である分魔除けの影響を受けやすく、暗黒時代において城壁内や結界内に現れることはほとんどなかったそうだ。



「で、私はそのゴーストってわけ。いやあ、取り憑かれたジェラルドくんも災難……いや、キミからしてみれば幸いだったりするのかな?」

 ここは事故現場だった教会通りから少し離れた路地。今は私たち三人で状況を整理しているところ。ちなみに、ジェラルドは複雑な顔をしている。


「それで、私のことはどうでもいいわけ。リエルちゃんさあ、キミ、昔話に出てくるような天使だったりするの? 背中から生えてた白い翼はもう引っ込んじゃったみたいだけど」

 そう、あの事故の瞬間リエルの背中から生えてきていた白い翼は、事故現場から移動する時にするすると引っ込んでいってしまった。残念、綺麗だったのに。

「そうね、あんなところを見られてしまったし。それに、私以上にあり得ない存在が現れてしまったし、もう隠しても仕方がないのかしら――確かに私は天使よ。暗黒時代の終わりに地上にやってきた天界人の血族……らしいわ」

「ってことはもしかして、おじさんやおばさん――リエルのお父さんやお母さんも?」

「ええ、母がそう。天使としての力の使い方や、私たちの歴史、それに使命――いえ、なんでもない。とにかく、母は私に様々なことを教えてくれた」

「おじさんの方は違うのか」

「ええ、父はただの人間らしいわ」

 やっぱり天使だったんだね。まあ、天使じゃないなんて言われても、あんなものを見せられた以上信じられないけどね。


 それはそうとして、気になることが一つあったので、私も口を挟むことにしてみた。

「ねえ、事故の時に使ってた――なんだっけ」

「……《聖盾スクートゥム》?」

「そう、それ。それについてなんだけど」

「ああ、確かに僕も気になってた。主にサキ関連で色々あって忘れかけてたけど。あれって、魔術じゃないよな? 実践は全然駄目だけど、さすがにあれが魔術じゃないことくらいは分かるぜ」

 ジェラルドからも援護射撃。えらいぞ、ジェラルド!


「あれは……母から教わった、天使としての力の一つ。身を守るためのもの。魔術ではなくて、伝承に出てくるような魔法の類だそうよ。詠唱も、触媒も要らないの」

「へえ、それはすごいな……。他にも色々あったりするのか?」

「あるにはあるけれど……ひけらかすようなものではないわ」

「それもそうか」

 私としては他の「魔法」も気になるところではあるんだけど、本人が喋る気がないんなら仕方ない。もしかしたら今後何か困ったことがあった時(出来れば生命の危機以外で)にでもお目にかかるかもしれないしね。


「で、だ。一つ聞きたいことがある。非常に大事なことだ」

「……何、かしら」

 真剣な顔をして問いかけるジェラルド。リエルの顔に不安が浮かんだ。一体何を切り出されるのか、やはりこのような力を持っている以上気味悪がられたり――みたいなことを考えているんだろうけど、杞憂ってやつだと思う。だって――

「リエルみたいに天使がいるってことは、もしかして本当に知性ある魔物――伝承で言うところの『亜人』ってやつが、いたりすんのかな!? だとしたら、すっっっっっげえ嬉しいんだけど!」

 こういう奴だよ? ジェラルドは。幼馴染のリエルに対して今更言うことでもないだろうけど、ね。



「亜人――人に近しい姿をした知性ある魔物――は、いるかもしれないし、いないかもしれない。としか、私には言えないわ」

 一息置いて、リエルが語り出した。

「それは、どういう……?」

「少なくとも、暗黒時代以前にはそういった存在がいた、と私は母から聞いているわ。暗黒時代には更にその亜種までいたことも」

「じゃあ」

「でも、魔王の粛清と同時に魔物は大きく数を減らしたわ。生き残ったのは生命力のある種のみ。……だから、滅びたんじゃないか、と言われているの」

「そっか……」


「でもさあ」

 なんだか面白そうな気がしてきたから、この議論をややこしく――もとい、掘り返してみることにした。

「私みたいな超絶希少な存在がいたわけなんだし、案外生き残ってるもんなんじゃないの? 亜人だって。それに、リエルみたいに姿を隠せてたら周りの人には全く分かんないわけだし、さ」

「確かに、それについては否定は出来ないけれど……」

「だったらさ、いるかもしれない、わけじゃん? 意外と近くにとか」

「それも、否定は出来ないけれど。でも、確証なんて出来ないわ」

「いーんだよいーんだよ、それくらいでさー。男の子のロマンってやつがこれでまた一歩現実味を帯びてきたわけじゃん。ね?」

 最後は、ジェラルドに向けて。ま、話をややこしくしてやろうって気持ちがないとは言い切れないけれど(というか多分に含まれているけれど)、ジェラルドのロマンを応援してやろうって気持ちも、これはこれで本心だ。

 結局面白ければ全ていいんだろうって言われれば、それも否定出来ないんだけどね!


「……ま、そうだな。生きている間に亜人に出会えるかどうかは分からないけど、会えるかもしれないくらいには考えとくよ。で、それはそうとして。なあ、サキ。一つだけ頼みたいことがあるんだけど」

「んー、何? この美少女ゴーストちゃんに出来ることなら何でもしてしんぜよう」

 実際、私は寛大なのだ。美少女で、ゴーストで、寛大で完璧に幸福な私はロマンに目が眩んだ男の子の頼みくらい聞き入れてやろう。

「その、ゴーストのことを深く知りたいから隅々まで研究させて欲しいんだけど――」

「寄るな変態」

 蹴った。案外狭量だったな、私。でも、さすがに気持ち悪かったんだよ。

 どうでもいいことだけど、ゴーストは魂を持つもの――つまり、生物に物理的には干渉出来ない。……取り憑かれてる本人以外には。以上、少しだけジェラルドが不憫になるお話でした。



「で、さ」

「……何?」

 このままだとらちが明かない気がしたので(私のせいでもあるけど)、話を先に進めることにしよう。私だってこういうこともするのさ。

「色々茶化しはしたけどさ」

「自覚はあったのね……」

「まあ、そりゃあ。それはともかくさ、私、これからどういう風にいればいいわけ? 当然、ジェラルドから離れられはしないけど、姿を見せないことくらいなら出来るよ?」


 今のこの姿は見せるためにわざわざ出しているものなんだよね。ってことで、実はずっと姿を見せないままでいるってことが出来たりする。

「確かに、どうしたもんかな……。サキは、どうしたいんだ?」

 あらまあ、随分余裕な態度。

「正直なことを言えば、ずっと姿を見せないっていうのもつまらないからあんまり気は進まないんだけど」

「おい」

「あんまり姿を見せたままだとジェラルドもさすがに困るかなあって。常に美少女ゴーストのいる羞恥プレイな生活を送りたいって言うなら、それはそれで止めはしないけどね!」

「ジェラルド……」

「まだ何も言ってないだろ!? その哀れむような視線をやめてくれ!」


 しまった、また話をややこしくしてしまった。どうにも、そういう癖が私にはあるらしい。あるいはずっと見ているだけだった鬱憤を晴らしてるだけなのかもしれないけれど。

「……まあ、サキが僕の事情も考えてくれてるのはありがたい……んだけど、本人の口からつまんないなんて話が出ちゃったらずっと姿を隠すことを強要することなんて出来ないよ」

「だけど、ジェラルド」

「まあ待って。問題は、伝説の存在、ゴースト――」

「美少女ゴースト、ね」

「あー……美少女ゴーストであるサキは好奇の目に晒されることになるだろう。サキ本人は嫌じゃないのかってことだ」

「え、いいんじゃない? 別に気にしないし」

「軽いなおい」


 実際、注目された方が嬉しいくらいだ。それがゴーストの特性によるものなのか、私の性格によるものなのかは分からないけれど。

「まあ、それからもう一つ。僕が頼んだ時には姿を隠していて欲しいってことだ。例えば式典の時とか、授業の時とかだと思うけど」

「ま、そのくらいはね? 寛大な私を見くびらないで欲しいね」

「……蹴ったくせに」

「何か言った?」

「いや、何も」


「……苦労することになりそうね、色々と」

 やれやれと肩をすくめるリエル。微妙に他人事なのが腹立つ。どうせジェラルドと一緒にいることが多いくせに。

「さて、じゃあ、話が纏まったところで、そろそろ帰ろうか。暗くなってきたし、サキのことを大鷲荘のみんなに紹介しなきゃいけないしね」

「やったー! 私、お腹ぺこぺこ!」

「食べれるの!?」

「いや、食べれないけど。なんとなく言ってみただけ」


 ジェラルドが歩き出したのに対して、リエルはまだその場に立ち止まっていた。何か考えているみたいだけど、私は空気を読まないぞ。

「どーしたの、リエル! 帰ろうよ!」

 私が叫ぶとリエルはハッと気付いて、

「いえ、何でもないわ」

 そのまま私たちの方に駆け寄ってくる。

「……それにしても、あなた、馴染みすぎじゃないかしら」

「そこを気にしちゃ負けだと思うよ」


 大鷲荘に帰って、私はみんなに自己紹介をした。

 ララさんはあらあら、あなたの分のご飯も必要かしら、なんて心配していた(ちなみに要らない)。カイルを始めとした学生のみんなも、そんなもんか、なんて納得したみたいで、むしろ私に対して質問までしてくるくらいだった。

 なんでも、学院やこの街、それからついでにエルフの里には変な人がたくさんいるみたいで、動物や魔導生物を連れてる人なんかもザラらしい。……本当にそれでいいのかって気もしなくはないんだけどね。



 しばらく経って、私も大鷲荘に馴染み始めた頃(自分で言うのもなんだけど、本当に馴染んで大丈夫なのだろうか)。ジェラルドたちにとって大事な日がやってきた。学期始めの日――入学式の日だ。

 入学式なんて言っても講堂で先生のお話を聞くだけらしい。まあ、毎年やってるわけだし、あんまり派手なのはやってられないか。


 っていうことで、今は入学式が始まったところ。ジェラルドは、たくさんいる入学生の一人として高等部の大講堂で座っている。当然、私は姿を隠してるよ。

 壇上に立ったのは知的そうな女性。見た目は若そうだけど、あんまり信用は出来ないね。そもそも前に立つような偉い人ってことだし。長い黒髪を後ろで一つに纏めていて、珍しいことに眼鏡を掛けてる。眼鏡なんて高級品なのにねー。


「諸君、アルベール総合学院高等部へようこそ。私は高等部の第六代学長を務めさせてもらっている、サルファ=クラウツィアという。今日が諸君にとって記念すべき日であるべきなのは理解しているが、少しばかり退屈な話に付き合ってもらおう。何、学期が始まればすぐに『退屈な話』にまみれるさ。その練習だとでも思ってくれ」

 ……これはつまり、授業のことを退屈な話って言ってるのかな? なかなかはっちゃけた人だね。周囲からも少し、ざわめきというか、苦笑いというか、そんな感じの声が聞こえてきたりする。


「では、この学院について軽く話させてもらおう。諸君らに今更言うことでもなかろうが、当学院は五種族同盟に基いて設立された、この世界最大の研究・教育機関だ」

 五種族同盟は、暗黒時代が終わった時に結ばれた、この世界に住む五種族――人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、オーガ――が互いに助け合い生きていきましょうみたいなことを保証するための盟約だね。魔王が現れる前はちょっとした種族間抗争が起こることもあったみたいだから、その反省も含めたもの……なんだって。


「教育を司る初等部、高等部と研究を司る大学部に分かれており、諸君はその内の高等部にこれから四年間――特に何もなければ、という前提になるが――通うことになるわけだな」

「本当に今更って話なんだな……」

 ジェラルドが隣に座ってるリエルに聞こえるくらいの声で呟いた。

「伝統、のようなものなのでしょうね。学院について話をするのは」

「なるほど、それは確かにそうかもな」

「学院で過ごす上で、特にこれといって守るべきルールは存在しない――これも当然、周知の事実だろう。しかし、一つだけ、心掛けておくべきことがある。まあ、私の持論のようなものでもあるのだが……『常識を捨てろ』ということだ」

 ジェラルドの常識は既に破壊済みだけどね。主に私とリエルの手で。


「この学院が設立されて百五十年ほどとなるが、幾度と無く事件が起きてきた。信じられないことかもしれないが、中には学院崩壊の危機まであったそうだ。そして、事件とも言えないまでも、不可思議な事象が頻繁に観測される。……概ね学生の奇異な行動によるものだがな。少々話が逸れたが、つまりこの学院ではということだ。それを危険な環境と見るか、好奇の対象と見るかは諸君次第だが」

「……僕の身にもこれ以上なんか不思議なことが起こったりするんだろうか」

 それは、身がもたないような気がするけど。生命の危機どころじゃないことが起きるんじゃないかな、それ。

「勘弁して欲しいところだけれどね、私としては」

「そりゃそうだ」

 ……でも、何が起こるか分からないとまで言うと、面白いことが起きるんじゃないかなんてことも少しだけ期待してしまう自分がいる。例えばどんなことだよ、って言われると困るんだけどね。


「念の為言っておくが、『何をしてもいい』という意味ではない。多少のこと――あるいは、結構なことも――許される風潮だが、学園を破壊を目論んだりだとか、教師の暗殺を企んだりだとか、そういった行為は絶対にせぬこと」

 会場の反応は、笑い半分困惑半分ってところかな。真面目な人たちからしてみれば困ったことかもしれない(私にとっては笑い事ではある)けれど、この人はっちゃけてるどころか、なかなかにぶっ飛んでる人なんじゃないかな……。

「少し話が戻るが、我々の目的はあくまでも学問の探究であり、そのための自由は確保されているというのがこの学院であるのだ。それ故、諸君は――」

 その後ももう少しお話が続き(内容は学院での学びについてとかで、もう面白いことはあんまりなかった)、入学式は終了。今日のところはこれで終わりって感じだね。



「おーい、そこの二人」

 二人が講堂から出て、私がそろそろ姿を現そうかなーなんて思っていると、二人に横から声がかかった。


 高い身長に、角。優しそうな顔をしたオーガ族の男の人だ。何の用なんだろう。

「あー……君たちが、イヴァナ村から来た二人、で合っているかな?」

「ええ、そうですけど」

「よかった。私はここの教師の、ジャンティだ。事情は知らないんだが、学院長が君たちをお呼びだ。ちょっと一緒に来てくれるか?」

「学院長が? ……まあ、はい」

 ……姿を現すタイミングを失ってしまった。それはいいにしても、一体どうしてあの人が二人を呼んでいるんだろう?

「なあ、リエル……なんで僕たちが呼ばれてるか、心当たりあるか?」

「ない……と思うわ。この間の馬車事故に関連がなれけば、だけれど」

「ああそうか、それがあったな……なんか早速厄介なことに巻き込まれてるような気がしてきたぞ、僕」

 んー……悪いことじゃなければいいんだけど。さっき本人が「何が起こってもおかしくない」とか言ってたのも相まってなんか怖い。


 二人でこそこそ話しながら学院内を歩いていると、重厚な扉の前へと到着した。二人をここまで案内してきたジャンティ先生は扉をノックし、二人に向かって、

「ここだ。……一応これだけは言っておこう。幸運を祈る」

「え? それは一体、どういう……」

「入って構わないよ」

 先生の意味深な発言の真意を問いただす間もなく、扉の中へと招かれる二人。


「失礼します」

「わざわざ呼び立ててしまってすまないね」

 部屋の真ん中でソファに座り、二人を待ち構えていたのはさっき壇上に立っていた本人、眼鏡を掛けた知的そうな女性、学院長のサルファさん。目の前のテーブルに置かれているのはティーセット、三人分だ。

「ええと、僕たち、一体どうして……」

 すると彼女は、テーブルを挟んで対面のソファを指し、

「そう警戒する必要はない。まずは、座りたまえ」

「……では、失礼します」


 緊張した様子で、勧められるがままにソファに座る二人。サルファさんはちょっと待っていてくれ、と言いながら二人の前に置かれているカップにお茶を注ぎ始めた。

 その隙に(どうせ姿を隠してるからどのタイミングでも一緒なんだけど)ちょっと部屋を見回すことにしてみた。部屋の奥には大きな机。上には書類が積み上げられていて、散らかった印象を受ける。壁の棚には色々な種類の本が並んでいる。えーっと……? どうやら、魔物関連の本が多いみたい。案外、ジェラルドにとっての同好の士なのかもしれない。

「さて、本題に入ろうか」

 お茶を注ぎ終わったようで、姿勢を正して話し始めた。


「本題というのは、大したことじゃあない。二人に頼みたいことがあってね」

「頼みたいこと……ですか?」

「そうだ。君たちも聞いていたと思うが、この学院では色々と困ったことが多くてね。特に学生がそういった案件を抱えていることがほとんどだ」

 うーん、なんか嫌な予感がしてきた。さっき先生が言ってた「幸運を祈る」ってこういうことだったんだろうか。私だけでも逃げられないかな。って思ったけど、そもそも私ジェラルドからあんまり離れられないじゃん。そもそも見えてないのに逃げる必要も――


「しかし、さっきから君は落ち着きがないね、


 

 よく見ると、サルファさんの目が薄く光を放ってる。多分、私のことを知っていて《魔力感知式》をあらかじめ準備していたんだ。それはそうとしても、一体どうして私のことを知っているの!?

「何、驚くことはない。非常に単純な話だ。私も数日前の夕刻、教会通りを歩いていたというだけさ」

 本当に単純な話だった。ただの通りすがりの目撃者じゃねーか! 激しくツッコミたかったけれど我慢して、私は大人しく姿を現すことにした。


「……ということは、私のことも」

「ああ。申し訳ないが、見させてもらったよ。君の正体も、君の力も」

「……私たちに一体どうしろと?」

「ああそうだった、すまない。話を戻そう。さっきも話した通り、この学院ではたびたび問題が起きている。それらをなんとかしようと私は考えた。そのためには、問題の芽をあらかじめ摘む――つまり、問題を起こす前の悩みの時点で解決する者が必要だ。しかし、学生の悩み解決に教師が乗り出すのは学生としてもやりづらいだろう、と考えていたところに君たちが目に付いたわけだ」

「特にリエルとか私の力が必要ってわけじゃなくて目に付いただけなんだ」

「まあ正直、他者と意思疎通が取れるならば誰でもいいといえばいいのだが……君たちに頼みたいのは、お悩み解決役――スマートに言うなら相談役といったところかな――になってもらうことだ」

「お悩み、解決役……?」

 なんかすごく投げやりな言葉が聞こえたような気もしなくはないけれど、気にしないことにしよう、うん。


「この学院には様々な悩みが渦巻いている。人間関係の悩みや、学業の悩み、その他にも色々あるだろう。それらを解決してもらおうと思っている」

「解決すると言っても……誰がどんな悩みを抱えているかなんて、私たちには知りようがありません。それに、私たち二人だけでは明らかに人手が足りません」

「大丈夫、心配は要らない。まず、悩みを知る手段だが……調査のための人員を用意する。例えば学生同士の相談だとか、教師に対しての相談だとか、そういったところから悩みというのは窺い知ることが出来る。それらの情報を入手し次第君たちに報告するための人員だ」

 なんか、秘密も何もない感じになってるけど大丈夫なのかな、それ。

「それと悩み投稿のための相談箱も用意しようと思う。困ったことがあればいつでも相談役に、というわけだ」

「あの、イタズラ投稿なんかも多そうなんですけど、それはどうすれば……」

「そこはほら、相談役の間でなんとかしてくれたまえ」

 この人、案外適当だぞ。大丈夫なのかな、この計画……。


「それから、相談役の人員も君たち二人だけではない。君たちの知り合いも含めて、あと数人に声を掛けている」

「知り合い、ですか?」

「ああ。まずは君たちの住む大鷲荘のカイル。それからもう一人、大鷲荘から、ラファールのヴィオラだ。他の者にはまだ声を掛けていないが、二人には既に声を掛けた」

 ……人選が最悪だった。いや、多分それぞれは問題ないと思うんだけどね。でも、お互い一緒には仕事はしたくないって断りそうだけど――

「二人とも微妙そうな顔をしていたが、引き受けてくれれば単位を出すと言ったら喜んで引き受けてくれたよ」

「その話聞いてないんだけど!?」

「ああ、もちろん、ジェラルドくんとリエルくんにも単位は出そう。この学院で労せず単位を得られる機会は貴重だぞ?」

「いや、労してるよ! めっちゃ労するよ!」

「なんだね、さっきからサキくんは。もう少し静かに出来ないのかね?」

「いや、静かにしようとは思ってたんだけど、そもそもあなたのせいで姿を現さざるを得なくなったんだよ……」

 もう、と口を尖らせるサルファ(もうさん付けもしないことにした)。この人なんか腹立つね!?


 まあまあ、と私を諌めつつ、ジェラルドは、

「まあでも知り合いがいるのならば心強いでしょうね。……それでも人手が足りる気がしませんけど」

「この学院の全ての悩みを解決しろとは言っていないのだよ。ただ、少しでも問題が起きる前に解決できれば――それから、学生の悩みが減れば、それでいい。……受けてくれるかね?」

「いえ、正直、辞退しようかと思っていたんですが……」

「ふむ。あまりこの手は使いたくなかったのだがな」

 クイ、と眼鏡を上げるサルファ。まーた悪いこと考えてるよ、この人。一体次はどんなことが飛び出してくるのやら。


「君は、人型の知性ある魔物――いわゆる、亜人に興味があるのだったかな?」

「まあ、はい」

「だったら君に朗報だ」

 サルファが両手を広げると、彼女の身体が闇に包まれ始めた。これは、まるでリエルの時の、みたいな――。


 闇の中から姿を現した彼女の背中には、大きな黒い翼。まるで、コウモリの翼のような。

 頭には二本の長い角に、その肢体は艶めかしく。先程までの知的な(悔しいけど、知的な見た目はしていた)様子とはうって変わって、その姿は妖艶そのものだった。


「その、姿は……」

「魔人というものを知っているかね、ジェラルドくん」

「い、いえ」

「なんでも亜人の亜種だそうだよ。亜人よりも人類に近い外見をしていて、魔素に対する適性も非常に高いというのが特徴だそうだ。私はその魔人の中でも、サキュバスという種族の者だ。そう、ジェラルドくん。

「……」

 ごくり、とつばを飲むジェラルド。まさか天使だとかゴーストだとかに引き続いて今度は魔人とやらに出会うだなんて想像もしてなかっただろうし、そろそろ頭がパンクしそうなのかもしれない。


 一方それに対してリエルはサルファに敵視するような視線を送っていた。……なんだろ、シンパシーを感じる。

「で、でも、だからってこの頼みを受けることとは関係あるかは分からないですよ」

 感覚がマヒしてきただけかもしれないけど、ジェラルドが頑張って理性を保ってる。目の前に夢にまで見た亜人――魔人? がいるっていうのに。

「もう一つ君に朗報といったところだ。どうやら魔人――つまり私は生まれつき魔素や魔力を帯びたものを見分けることが出来るようなのだ。常に《魔力感知式》が発動出来るようなものだな。ちなみにサキくんの姿を見ることが出来たのもこのためだ」

 わざわざ私を見るために魔術を発動させていたわけではなかったらしい。……でも、その話がどうしたっていうんだろう。


「魔力を帯びたものを見分ける……? まさか」

 ジェラルドは何か心当たりがあるらしい。これまた嫌な予感。

「察しがいいな、君は。そう、。何せ人類に似た姿をしていても魔物だからな。私が見た限りでは、どうやら今年の入学生に魔素保有量が異常な者が幾分かいるようだった。見た目は普通の人類のようだったがな」

「……それとこの相談役の件がどう関わると言うのですか」

 そろそろ我慢出来なくなってきたのか、それとも嫌な予感がしてきたのか、リエルが口を挟んだ。

「何かおかしいと思っていたんだ。昨年も、一昨年も、魔素を纏った者がいてね。その時は何か魔術関連の実験でも日常的にしているような連中なのだろうと――実際、本当にそういう者もいるだろうが――思っていた。しかし、亜人の話で思い直した。あの中にはもしかすると、、とね」

「……」

「……つまり?」

 理性が揺らいでいる様子で言葉を発することも出来ないジェラルドに代わり、リエルが話を促す。その顔は、厄介なことしやがってとでも言いたげに(私の主観だから、実際そんなことを考えているかは知らないけれど)、わずかに歪んでいた。


「相談役として様々な学生に接している内に、彼ら魔力を帯びた者に出会うこともあるだろう。その中には、本当に、伝承上の存在と思われていた亜人がいるかもしれんなあ。少なくとも実例は一人、ここにいる。それに、亜人とは異なるがそういった存在が、そこに二人もいるだろう? 亜人がいない、とは言い切れないのではないかな?」

「僕、相談役、やります」

 ジェラルドの理性、陥落。あまりにも短かい命だったな、ジェラルドの理性。

「そうか、それはよかった。リエルくんの方は、どうかね?」

「……………受けます」

 すっごい渋々って感じだ。気持ちは痛いほど分かるけど。

「いやあ、受けてくれるかね。よかったよかった。これで一件落着だな」

 はっはっは、と笑う妖艶な美女――サルファ。今後に目を輝かせる赤髪の少年――ジェラルドに、どことなくどんよりした顔のクールな少女――リエル。なんかすごい残念な光景だ。

 しかし、なんだか厄介なことに巻き込まれちゃったなあ。ま、私には関係ないこと――だといいんだけど……。

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