116 【完結章】
「それは愛の力って言う、ヤツ?」
わたしと宗樹の会話に、ステージ衣装に着替えた蔵人さんが、口をはさんだ。
ダイヤモンド・キングの神無崎さんのとは別の形で、色だけ同じな真紅の衣装だ。
それが、蔵人さんのプラチナブロンドの髪と、青い目によく似合ってる。
「まさか僕が歌を歌える、なんて。
僕自身も知らなかったことを教えてくれた理紗は女神さま、だよ。
ああ、理紗が宗樹に出会う前に僕と出会えてたら良かった、のに」
「理紗は絶~~対! 誰にもやらねぇ!」
「けち」
「けちとは、なんだよ!
そんなに彼女が欲しかったら、井上真麻にしておけよ。
なんたって、スペード・エースの妹だし、良いコだぜ?
理紗の次に、だけど」
「え~~!
ライアンハート先輩ってさ、多分、君去津で一番のイケメンだと思うけど!
超~~乱暴な
付き合ったら、いつ器物損壊を始めるか、気が気じゃ無くて胃に穴が開くわよ」
宗樹の言葉に、七星さんのメークの仕上げをしていた井上さんが、不満そうな声をあげた。
「もし、Cards soldierの中で、彼氏にするなら、断然、七星先輩よね~
礼儀正しい、常識人だし。
ダイヤモンド・キングに、クローバー・ジャック、ウチのお兄ちゃんのスペード・エース。そしてハート・クィーンなんて、猛獣に囲まれて平然としてるなんて!
もしかしてCards soldierの中で、最強なのは、実は、ラッキー・セブン。
軽音部長の七星先輩だったりして!」
井上さんは、きゃらららって笑うと、七星さんの背中をばしばし叩き、当の先輩はむせて、けほけほと咳をした。
「さあ……そろそろ開演の時間だぜ」
宗樹の冷静至極なその声に、いつもは、先頭に立って大騒ぎをするはずの神無崎さんが、恋の話に参加せずに立ち上がった。
宗樹の方を一瞬ちらっと見ると、何事もなく、みんな舞台の袖に来いよって手を振る。
そんな神無崎さんに蔵人さんと、七星さんが『ああ!』と答えて席を立ち、二人の後に続いて、井上さんも楽屋を出て行った。
うぁ~~本当に、始まるんだ~~!
わたしも、井上さんに続こうと、椅子から立ち上がり……膝が震えてるのに気がついた。
は……ははは~~
みんなの莫迦な話を聞いて、大分緊張ほぐれたと思ったんだけどなぁ。
舞台の向こうに居る苦手な沢山のヒトの気配に、今更ながらに怖気づく。
怖いよ……怖いよ……っ!
でも、頑張らなくちゃ……っ!
なんとか勇気を振り絞り。
頑張って椅子から立ち上がってはみたものの。
歩いてみたら手と足が一緒に出る、ロボットみたいな歩き方になった。
こっ……これで演奏するのか~~
華道部の助っ人を手始めに、次々に起こした失敗を、ここでもしたら、どうしよう!
そんな、不安と緊張で心が押しつぶされそうになった時だった。
さらり、と風が動いて、黒い影がわたしに向かって覆いかぶさるように抱きしめた。
「宗樹……!」
「ん……」
宗樹は、そのまま目を細めると、自分の唇で、わたしの唇に触った。
きゃ~~! キス!?
こんな所で!?
確かに、今この楽屋には、誰も居ないけれど!
わたし達がなかなか舞台の袖に現れないことに心配して、井上さんか、七星さん辺りが、今にも覗きに来そうだった。
きゃ~~ 見られちゃう! 恥ずかしいのはイヤ~!
なんて、最初はじたばたしていたんだけども、やがて宗樹の暖かい感触に、うっとりと、力が抜けた。
大好き……
大好きな、宗樹。
ああ……なんでこのヒトのキスはこんなにも落ち着くんだろう。
言葉にしなくても『がんばれ』って言ってくれているような気がする。
優しい、優しいそのキスに、わたしの不安は吸いとられて。
甘い……暖かい刺激が終わった頃には、幸せのためいきと一緒に緊張感がずっと薄れてた。
「そうじゅ……」
なんだか泣きそうな気分なわたしを胸に抱いて、宗樹がほっこり笑う。
「理紗の三番目のキス、いただき。
どうだ、少しは落ち着いたか?」
「……うん」
心臓は、違う方向に、どっきどきだけど!
「……大分良い感じ」
落ち着いたわたしの声に、宗樹はほっと息をついた。
「西園寺で初めてキスした時、俺の不安が消えたから、これはお返し」
そう言って、宗樹は笑った。
「ステージに居ても、理紗は一人じゃないぜ。
俺はいつだって音で理紗を抱きしめている。
だから、心配になったらドラムの音を良く聞いて?
ちょっとぐらい間違っても、大丈夫。
俺は、絶対理紗の側から離れないし。
皆もきっと、助けてくれる」
信じて。
理紗は一人じゃない。
俺はお前の近くに必ず、いるから。
どんな時も、いつだって。
これから先も、一緒に歩いてく。
くじけそうな時も、一歩ずつ。
二人、支え合ってゆくんだから。
ほほ笑む宗樹に、わたしも笑ってうなづいた。
そうだね、だって、宗樹がいるから。
Cards soldierの皆がいるから!
差しのべられた宗樹の手に捕まって、わたしはようやく楽屋を出た。
まだ、幕が閉まってて、内側から観客の姿は見えなかったけれどささやかれる声や、息遣いで、分厚い布の向こうには、大勢のヒトビトがいるのが判る。
怖い、なんて。
すぐ、くじけそうになる心を拳骨で固め、舞台の袖で井上さんと握手して別れて、演奏位置へ着いてみると。
目の前には、やっぱり緊張気味の蔵人さん……ううん。ハート・クィーンがいて、手を振ってくれた。
横では、ラッキー・セブンの七星さんが、べースを少し上げて、挨拶をし。
わたしの後ろでは、クローバー・ジャックの宗樹がそっとほほ笑んでる。
最後に、ダイヤモンド・キングの神無崎さんが、中央に歩いて行きながら、わたしを眺めるから。
大丈夫、わたしは出来るよって手をあげたら、にやり、と笑ってステージ開幕を告げる、合図を送った。
さあ、これから始まるんだ……!
わたしの、わたしたちの新しいCards soldier(カーズ ソルジャー)の第一歩が。
幕をあげたとたん、うぁ~~っと押し寄せるヒトの熱気に押し流されそうになりながら。
わたし、ステージの上で踏ん張って、笑って立っていることができた。
だって、わたし、もう一人じゃないから。
特別扱いされる『お姫さま』じゃなく。トランプのカードの一枚、楽器を取って
『レディ・ジョーカー』なんだからっ!
宗樹の力強い音に抱かれて、わたしも今できる精一杯を演奏しよう。
熱い。楽しい。
甘い……切ない……愛してる。
全ての感情を、楽器に込めて、歌に込めて演奏をしよう。
嬉しかったことも、寂しかったことも、ドキドキしたことも。
全部、全部この会場に居るヒト全部に届くと良いな。
そんな。
宗樹と皆とで作る音楽に、未来への希望を乗せて。
これから『全部』が始まるんだ。
ここ二週間ほど、色々トラブルはあったものの、このバンドはやっぱり、メンバーが姿を見せるだけで盛り上がる。
ダイヤモンド・キングは、大勢の観客の視線を一身に浴びて、気持ちよさそうに、げらげら笑うと、観客の熱気をひとつにまとめ上げて、叫んだ。
「君去津~~!!」
そして、軽い緊張感がある、一呼吸の後。
会場にいる全員が、握った拳を天井に向かって突きあげ、怒鳴る。
「「「Cards soldier!!!」」」
次の瞬間。
会場一杯に響く『うぁぁあぁあぁぁ』という叫び声と一緒に、宗樹の、クローバー・ジャックのドラムが新しい曲の開始を告げた。
〈了〉
うそつき執事の優しいキス【完結】 愛染ほこら @knightofnight
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