第0話 「すこしもふしぎではない話」
「その巨大な爆発によって、星の自転の速度が僅かに変化し、同時に地軸の傾きも変わった。そして、公転と自転の速度にズレが生じ、自然な朝と夜が生まれたというわけだ」
アカネじいさんの声は、夜の空に吸い込まれていく。空には変わることのなく満点の星が広がり、風は俺たちの体を撫でて過ぎていった。
「まぁ確かにこのクレーターを見ればそれだけでかい爆発だったってのはなんとなく想像できるな」
原因不明と伝えられている大爆発によって、地面に巨大な窪みができ、その窪みを利用してすり鉢状の客席が造られていた。その中央に、ステージがある。
「にしても、グランドテンプスコースって本当にいたんだな。あれって伝説上の生き物かと思ってた」
100年前に滅んだとされているグランドテンプスコースの骨の一部が、星立博物館に展示されている。本当に小さい骨だったから、学校の見学で観に行ったときに、あまりその存在を信じられなかった。
「てことはだ、つまりじいさんの話をまとめると」
俺は前のめりになって、アカネじいさんに詰め寄る。
「その公務員だった『コイズミ』ってやつが、『アサノ』っていう女に振られた腹いせに、管理棟の『夜』を創るマシンを爆弾で吹き飛ばそうとした。そんで、町から離れた小屋で爆弾を製造していたら、誤って爆発させてしまった。その爆発によってこの星に朝と夜が生まれたってことだな?」
かなり荒唐無稽な話を要約してアカネじいさんに聴かせる。
「あぁ。間違いない」
「んなばかな!」
俺はごろんと草原に転がって叫ぶ。
「そんな間抜けな理由で朝と夜が生まれたってことかよ。そんなわけねーだろ」
俺がそう言うと、アカネじいさんは僅かに笑う。
「信じるのはお前の勝手だ」
その声は、ちょっとだけ楽しそうに聴こえた。こんなアカネじいさんの声を聴いたのは初めてだ。
「まぁどうせじいさんの作り話なんだろ。あー聴いて損した」
「でも、暇は潰れただろう。ほら」
アカネじいさんはステージを見る。俺も体を起こして中央ステージに目を向ける。
『皆さま大変お待たせいたしました。あと5分で、ステージを開幕します』
客席に向けてアナウンスが流れる。やっと定期便が到着して「歌姫」がこの星に降り立ったらしい。
「さぁ、『歌』が始まる」
アカネじいさんは、そう言うと口を閉じて、ステージに視線を向けた。
その瞳は、やはりどこか遠くを見ているように、俺には見えた。
邪魔しちゃ悪いと思い、さっきまでどんちゃん騒ぎをしていた親父たちのところへと戻る。アナウンスを聴いて、やっと静かになっていた。
「アカネおじいちゃんと話してたの?」
酒が入って少しだけ顔を赤くした母さんが言う。
「あぁ。なんかくだらない話聞かされちゃった」
「いいじゃない。たまにはおじいちゃんの相手してあげなきゃだめよ。奥さんに先立たれてから独りでいるのが長いんだから」
「そういや、アカネじいさんって名字なんていうんだっけ?」
「えぇ? 知らないの?」
母さんは呆れたような声をあげる。
「みんながアカネおじいちゃんって言うから名字まであんまり気にしたことなかったんだよ」
「おじいちゃんかわいそうに。自分の名字も知らないガキンチョの相手をさせられて」
「うるせ」
「コヒナタよ」
「こひなた?」
「そ。アカネおじいちゃんらしい名前よね。激しく明るいわけじゃないけど、ほんのり明るくてあったかい感じ。コヒナタアカネ。良い名前だと思うな」
母さんは缶ビールをぐいっと一口飲む。
「ふーん。そうなんだ。奥さんの名前は?」
「あんたそんなことも知らないの? アリカさんよ。旧姓はホシノで、ホシノアリカさん」
「へぇ」
「へぇってなによ」
「そうなんだって思って」
「姉さん女房だったけど、アカネおじいちゃんを優しく支えてあげてたわ」
「ふーん」
「ってことはあんた、あの『歌姫』がアカネおじいちゃんたちの孫ってことも知らないわけ?」
「えっそうなの」
驚きの声を上げる。
「うわぁ。何年この星に住んでるんだか。それ知らないのこの星であんたぐらいだよ」
だから、ステージを眺めるじいさんの目が少し遠いように見えたのか。あれは、自分の孫に対する眼差しだったってことか。
「それで、あの子はおじいちゃんおばあちゃんの名前を借りて火星で歌の活動をしてるのよ。たしか、アリカさんも昔歌手を目指してたんじゃなかったかな」
そう言いながら母さんも、中央のステージに視線を向ける。
他の人の視線も、中央の一点に集中している。
風は吹き、星は空にある。
『お待たせしました。ステージを開幕いたします』
客席から歓声が上がる。
ステージの一点がだんだんとせりあがり、その中から『歌姫』が登場する。
今日から100年前、この星には朝と夜が生まれた。
このステージに来ている全ての人はそのことを祝福し、そしてこの星に想いを馳せる。
100年前、本当に何が起きたのか、その真実は俺にもわからないままだ。
だけど、俺もこの星の住人として、今日という日を、そして他のどの星でもない、この星を祝いたい。
『歌姫』がステージに登場し、一礼する。
「こんばんは。コヒナタアリカです」
今日も、この星は生きている。
そして、また新しい明日が、そこに待っている。
俺はゆっくりと目を閉じ、流れてくる旋律に耳を傾けた。
朝と夜が分かたれる時に何を叫ぶか 神楽坂 @izumi_kagurazaka
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